ヴェルサイユ体制についてまとめました!
ヴェルサイユ体制とは
第一次世界大戦の講和条約であるヴェルサイユ条約にもとづいて、新しく形成されたヨーロッパの国際秩序
※講和=戦争をやめ、平和を回復すること
※講和条約はヴェルサイユ宮殿(@フランス)で調印された。
ヴェルサイユ体制が形成されるまでの流れ
第一次世界大戦は4年にわたる長期の総力戦となった
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戦争に勝った国々は「二度とこんな戦争をしたくない」って思った
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アメリカ大統領ウィルソンが提唱した「14ヵ条の平和原則」を講和の基礎としてドイツが受け入れたことで、1918年11月、休戦が成立
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そこで、戦勝国が集まって会議(パリ講和会議:1919年1月18日〜1920年1月21日)
- 敗戦国は講和条約案がまとまるまで呼ばれなかった
- 最重要問題については五大国(イギリス・日本、アメリカ、フランス、イタリア)で話し合い
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条約の内容が決定し、ヴェルサイユ宮殿で敗戦国ドイツと調印
会議では各国が自分の思惑を実現しようとしたため、条約はこんなに分厚くなった。
目的
- 第一次世界大戦にケリをつける(=講和)
- 二度とこんな戦争が起こらないようにする(=新たな国際体制構築)
- 大戦中に成立した社会主義国ソ連の勢力拡大を防止する
ただ、戦争にどれくらい関与したか(=どれくらいの被害・犠牲が出たか)には差があったし、もともと持っているもの(既得権益)にも違いがあった。
そのため、戦争に関わった国々の思惑が入り乱れた(→ 話し合い)。
各国の思惑
アメリカ
理想に燃えている感じ(→理想主義的なウィルソンの新外交)。
アメリカ大統領のウィルソンは、ヨーロッパの「旧外交」(≒秘密外交)が世界大戦を招いたと考え、「旧外交」をやめることを訴えた。
ウィルソンの十四か条の平和原則
- 秘密外交の廃止
- 民族自決(各民族がその運命を自ら決定する権利をもつ)
- 国際平和機構(国際連盟)の設立
などなど
日本に対しては、大戦中に日本が中国に対して行った行動(二十一か条の要求)は面白くないと思っている。
=日本の大陸進出をアメリカは警戒している(→でも、日本が条約に参加しないことを恐れて山東半島の権益をしぶしぶ認める)
イギリス
- 植民地などの既得権益を手放したくない(=優位を確保したい)
- 島国でドイツと国境を接していないため、対ドイツの警戒心が弱かった(→過度なドイツ制裁には反対)
フランス
- ドイツと地続きであったため、対ドイツの警戒心が強かった
- 「最も大きな負担を負ったんだ!」という思い(→ドイツから巨額の賠償金を取りたい)
- 安全を確保したい!(→ドイツから攻められないようにしたい:ラインラント非武装)
イタリア
- 「未回収のイタリア」を獲得したい
※未回収のイタリア=イタリア統一の過程でオーストリア領にとどまったイタリア人居住地=トリエステ・南チロルなど
→望みを全部叶えられず(フィウメを得られず=ユーゴスラヴィアにとどまった)
不満を抱いたイタリア代表は講和会議をボイコットして帰国。
日本
- 中国山東省の旧ドイツの権益を獲得したい
- 人種差別をやめてほしい
特徴・内容・成果
- ドイツの再起を防止する体制
- 社会主義を警戒し、その勢力の拡大を防止する体制
- 植民地支配を維持し、民族運動を抑える体制
対ドイツ
ドイツに巨額の賠償金を課し、軍備を制限し、ドイツ本国の領土の一部を割譲させた。
アメリカが世界最大の国家に
戦争の打撃によりイギリス・フランスの力が低下して、アメリカが世界最大の国家になった。
国際連盟の設立
平和と軍縮の動きが高まり、国際連盟が誕生した(本部があるのはスイスのジュネーブ)。
※ 「グループを作って、グループ同士の力関係を保つことによって平和を維持しよう」という考え方(集団的自衛権の考え方)が破綻して大戦が起きてしまった…という反省から。
国際連盟=集団安全保障と軍縮によって戦争を防止し、交渉と仲裁によって国際紛争を解決するための機関
- 総会(連盟加盟国の代表で構成される)
- 理事会(総会の決定を執行する機関。常任理事国と、3年の任期で総会で選出される非常任理事国で構成される)
- 常設事務局
常任理事国=国際連盟に設置されていた理事会の理事国のうち、任期が設定されていない国のこと。
- イギリス・フランス・イタリア・日本が常任理事国となった。
しかし、提唱国のアメリカは議会の反対で国際連盟に加盟できなかったため、国際連盟の影響力は大きくはなかった。
※社会主義国のソヴィエト政権も加わらず。
民族自決
民族自決の考えに基づき、民族運動が活発化した。ヨーロッパでは多数の独立国が誕生。
一方で、アジア・アフリカでは民族自決は実現しなかった。
(例)
- 1919年:五・四運動(@中国)
- 1919年:三・一独立運動(@朝鮮)
ヴェルサイユ条約で日本が得たもの
ヴェルサイユ条約により、日本は以下のものを獲得した。
- 中国山東省の旧ドイツ権益
- 赤道以北の南洋諸島の委任統治権
- 国際連盟の常任理事国の地位
委任統治=国際連盟によって委任された国が国際連盟理事会の監督下において一定の非独立地域を統治した制度
ウィルソンは原則として「無併合」を唱えていたが、ドイツ旧植民地やオスマン帝国領が独立国としてやっていけるとは思えなかった。
→そこで、委任統治というシステムが考え出された。
※今までずっと親に支配されていた子供が「はい、今日からあなたは自由ね。全部自分でやってね。」って言われたらやっていけないのと同じ。誰かが監督してあげる必要がある。
一方で、「人種差別撤廃条項をヴェルサイユ条約に入れて!」という日本の要求は欧米諸国などの反対によって否決された。
動画でも解説
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