日本史

江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説【日本史36-1】

【日本の歴史36-1】江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説こんにちは。もちおです。

本記事では、

江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易など)

について説明をします。

 

この記事の信頼性

僕(もちお)は、元社会科教員。

  • 日本史についてそれなりにくわしい。

僕(もちお)は、東大入試で日本史を選択。

  • 日本史についてそれなりにくわしい。

 

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江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)についてわかりやすく

 

この記事と次の記事で、江戸時代の対外政策について話をします。

 

江戸時代の対外政策についてまとめると、こんな感じ。

 

【日本の歴史36-1】江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説
  1. 江戸幕府は、貿易をして利益をゲットしたかった
  2. でも、キリスト教が厄介だった
  3. そこで、いわゆる「鎖国」と宗教政策を行った
  4. 誤解されがちだけど、「鎖国」は国を完全に閉ざしたわけではないよ

 

この記事→①=江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易など)

次の記事→②~④=「鎖国」

 

 

江戸幕府は、貿易をして利益をゲットしたかった

江戸幕府は、外国と貿易をしたいと思っていました。

貿易っていうのは「ある国と別の国との間で物を売ったり買ったりすること」です。

 

で、江戸幕府の貿易に関する登場人物を整理するとわかりやすいと思うので、登場人物について説明します。

【日本の歴史36-1】江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説
江戸幕府 外国と貿易をしたいけど、幕府の支配を揺るがしかねないキリスト教は厄介だと思っている。
ポルトガル 中国産の生糸を売ってくれるので助かる存在だけど、キリスト教の布教もする困ったヤツ。南蛮人。
スペイン 秀吉の頃の事件によって関係悪化。貿易と一緒にキリスト教の布教もする困ったヤツ。南蛮人。
イギリス ポルトガル・スペインに対抗して新しく進出してきた。キリスト教の布教をゴリゴリにしてくるわけではなかった。紅毛人。
オランダ ポルトガル・スペインに対抗して新しく進出してきた。キリスト教の布教をゴリゴリにしてくるわけではなかった。紅毛人。
中国 最大の輸入品である生糸の生産国。秀吉の朝鮮出兵のせいで関係悪化していた。
朝鮮 秀吉の朝鮮出兵のせいで関係が悪化していた。お隣の国。
蝦夷地(北海道) アイヌ民族が暮らす。まだ「日本」ではない。
琉球王国(沖縄) 日本・中国・東南アジアの商品を転売する中継貿易で繁栄していた。まだ「日本」ではない。

 

江戸幕府はキリスト教が厄介だなと思いつつ、自分の国では手に入らない物を手に入れるべく、貿易を積極的に行おうとしていました。

 

 

ポルトガル船が中国産の生糸を独占

で、最初の頃は、ポルトガル船との貿易がほとんどでした。(南蛮貿易)

 

【日本の歴史36-1】江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説

ただ、困ったことに、最大の輸入品だった中国産の生糸の取り引きはポルトガル船がほぼ独占していたんです。(ポルトガル船からじゃないと買えない状況ってこと)

これの何が困ったことなのかというと、独占が起きると価格が高くなっちゃうことがあるからなんです。

例えば、中国産の生糸を2つの国の船が持ってきてくれていたら、自分の国から買ってもらうために生糸の値段を安くしたりしてくれるんですけど、中国産の生糸を持ってきてくれる国が1つしかなくて他に競争相手がいなかったら、「うちからしか買えませんぞ?」って感じになって、値段を安くする必要ってなくなるんですよね。

 

これは困った。

 

 

糸割符制度

【日本の歴史36-1】江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説

ってことで、江戸幕府は対策をしました。それが糸割符制度です。(1604年)

これは、特定の商人がグループ(糸割符仲間)を作って、そのグループが一括して生糸を買うっていう制度です。こうすることで、「この値段じゃなきゃ生糸は買いませーん!」ってみんなで言うことができて、ポルトガルが生糸を高い値段で売りにくくなるんです。

 

「この値段じゃなきゃ生糸は買いませーん!」ってみんなで言わないと、ポルトガル商人は高い値段でも買ってくれる人がいるからそれでOKよ〜って感じになるので、ポルトガル商人は困らない。だから、値段も下げない。

 

【日本の歴史36-1】江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説

でも「グループが一括して生糸を買いますよ」ってなったら、ポルトガル商人は値段を下げざるを得ません。ポルトガル商人にとっては不満な政策ですけど、江戸幕府はポルトガルとの貿易を管理し、うまく立ち回ろうとしたのです。中国産の生糸を安く手に入れるために。

このように、江戸幕府は生糸をなるべく安く手に入れる工夫はしました。

 

 

 

いろんな貿易ルートの確保

 

【日本の歴史36-1】江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説

が、とはいえ、ポルトガルとの貿易だけに頼るとリスクが高いですよね。ポルトガルと貿易ができなくなったら困ります。

そこで、江戸幕府はいろんな貿易ルートを確保しようとしました

そのことを表している具体例を4つ説明します。

秀吉の朝鮮出兵のせいで関係が悪化した明と、関係を回復させようとした

【日本の歴史36-1】江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説

→朝鮮や琉球王国に協力してもらって国交回復を目指したが、明から拒否された

 

②スペインとの貿易にも意欲的にチャレンジしようとした

【日本の歴史36-1】江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説

→ルソン(フィリピン)とノビスパン(メキシコ)を往復するスペイン船の貿易ルートに着目して、スペインと貿易しようとした(慶長遣欧使節)。が、スペインは消極的で実現せず

 

③朱印船貿易を行った

【日本の歴史36-1】江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説

→幕府から渡航を許可する朱印状を与えられた船が、東南アジア地域で貿易を行った(直接買いに行ったってこと)。銀を輸出して中国産の生糸を輸入。朱印船貿易の結果、外国に日本町ができた。

 

④オランダ・イギリスと貿易をした

【日本の歴史36-1】江戸初期の外交(糸割符制度・朱印船貿易)について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説

→ポルトガル・スペインに対抗して新しく進出してきたオランダ・イギリスとも貿易を行った。ただし、キリスト教の布教を行わないことを条件とした。

 

とにかく、江戸幕府はものすごく積極的に貿易をしようとしていたんです。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

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