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インドの農業をわかりやすく:なぜガンジス川流域は貧しいのか?

モチオカ(望岡 慶)

インドの大都市には、農村から出稼ぎに来る人がたくさん集まっている。

中でも目立つのが、インド北部から東部にかけてのガンジス川流域の農村からやって来る人たち。

でも不思議だ。

ガンジス川流域はインド有数の農業地帯で、肥沃な平野が広がっている。なのに、なぜ人々は農村を離れて都市に出ていくのだろうか?

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ガンジス川流域からの人口流出

地理の教科書に載っている人口移動の地図を見ると、ガンジス川流域から都市への人口流出が特に多いことがわかる。

※特にウッタル・プラデシュ州やビハール州など、北部から東部にかけての地域

実際に、この地域は一人あたりの州内純生産額がインドの中で最低レベル。出生率は高め、識字率は低めといった特徴もある。

つまり、農家の生活が特に苦しく、多くの人が都市に働きに出ざるを得ないのである。

肥沃な平野なのに、なぜ?

ガンジス川流域はインダス川流域と並ぶ「ヒンドスタン平原」の一部。小麦や稲作が盛んな農業地帯。

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水資源に恵まれ、肥沃な土壌がある「農業に適した土地」のはず。

それなのに、農民の生活が苦しいのはなぜなのだろうか?

インダスとガンジスの違い

自然条件

ここで歴史を少し振り返ってみる。

インドの古代文明といえば「インダス文明」はよく知られているが、「ガンジス文明」という言葉は聞かない。

National Museum of India(2024.12撮影)
モチオカの大胆な仮説

その理由の一つは自然条件にある。

インダス川流域は雨が少なく、農業をするには川の水をみんなで管理しなければならなかった。

→そのため大規模な灌漑や治水の仕組みが発達し、文明につながったのである。

一方、ガンジス川流域は雨が多く、必死に灌漑設備を整えなくても農業ができた。

→そのため、みんなで協力する必要性は低く、社会は小規模にとどまり、インダスのような大規模な文明は成立しなかった。

こうした歴史から、パンジャブ州(インダス川とその支流が形成する平野)には、灌漑農業の基盤が築かれていた。

National Museum of India(2024.12撮影)

植民地時代の政策の差

近代に入ると、この差はさらに広がる。

イギリス植民地政府は、パンジャブ州(インダス川流域)で大規模な灌漑プロジェクトを進め、綿花や小麦など輸出用作物の大量生産を推進した。

その結果、パンジャブは「インドの穀倉地帯」として発展した。

一方、ガンジス川流域は、人口密度が高く、モンスーンがもたらす降雨に依存した天水農業が中心。川の氾濫も多く、大規模な灌漑整備は難しい土地だった。

ガンジス川(2025.2撮影)

その上、イギリスは徴税を確実に行うため、ベンガル地方を中心にザミーンダーリー制を導入した。実際の土地耕作者である農民から直接ではなく、ザミンダールと呼ばれる地主のような存在から、税を徴収する制度である。

この結果、一部の地主が豊かになる一方で、多くの小作農は窮乏した。

独立後も残る格差

インド独立後、政府は土地改革を進め、ザミーンダーリー制の廃止を試みた。

ところが地主層の抵抗や制度の抜け穴により、改革は不十分。特にガンジス川流域ではその効果が限定的で、相続による農地の細分化が進み、農民の生活は改善しなかった。

その間、パンジャブ州は灌漑設備と比較的大規模な農地を背景に発展を続けていった。

緑の革命

1960年代から始まった「緑の革命」では、高収量品種の導入が進められた。

しかし、高収量品種の導入には灌漑設備・化学肥料・農薬など、資金や技術が不可欠。

そこで政府は、成功条件がそろっていたパンジャブ州をモデル地域に選んだ。結果、生産性が大きく向上した。

  • インダス川流域に位置し、灌漑施設がすでに整っていた
  • 大きな平野が広がっているため、機械化に適していた
  • 農民の教育水準が高かった
  • 緑の革命を成功させるため、政府がモデル地域としてパンジャブ州に重点的に支援を行った
  • 道路や鉄道などのインフラが比較的整備されていて、市場へのアクセスが良かった

一方、ガンジス川流域は取り残されることになった。

インド ガンジス川上空(2025.2撮影)

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現代のインドの農業

こうしてインドには、次のような対照的な農村の姿が生まれた。

  • 豊かで発展したパンジャブ州
  • 人口が多く農業が不安定なガンジス川流域

「豊かなパンジャブ、取り残されたガンジス」という構図である。

ガンジス川流域の農民たちが生活の苦しさから都市に出稼ぎに出るのは、そもそもの自然条件と、インドの歴史の積み重ねの結果だと言える。

地域ごとの農業の違い

稲作インド南西部、ガンジス川中下流域
ジュートガンジス川河口部の三角州地帯
ダージリン、アッサム地方
小麦ガンジス川上流域、パンジャブ地方
綿花デカン高原(肥沃な土壌レグールが分布)
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