アメリカの鉄鋼業が衰退した理由
「アメリカの鉄鋼業は設備の老朽化などにより競争力が低下した」
と地理の教科書に書いてある。今回はこの内容について深掘りしてみようと思う。
【前提知識】鉄鋼を作る設備の話
高炉(こうろ)は止められない装置
私たちの身の回りにある「鉄っぽいもの」は正確には「鋼(はがね)=steel」と呼ばれる金属である。
この鋼(粗鋼:そこう)を作るためには、「鉄鉱石」と「石炭」などを高炉(こうろ)という巨大な設備に入れて、2000℃近い高温で溶かす必要がある。

この高炉、実は一度火を入れると止められないという特徴がある。24時間365日、ずっと稼働し続ける。
なぜかというと──
高炉は、鉄鉱石・コークス(燃料)・石灰石(不純物除去)を上から層状に入れて、下からドロドロに溶けた「銑鉄(せんてつ)」を取り出す装置。中の材料はゆっくりと下に降りていきながら反応する。
つまり、高炉は「全部一気に溶かす鍋」ではなく、「ずっと中を流し続ける装置」である。もし止めてしまえば、内部が冷えて固まり、鉄の通り道がふさがってしまう。
再稼働には莫大な手間とコストがかかるため、基本的には止められない。
設備の調整・改善がしにくい
この「止められない」という特徴のせいで、高炉は設備の改善や更新がとても難しい。もし止めて改修しようとすれば、数ヶ月〜年単位の工事と、巨額の投資が必要になる。
つまり、高炉は動かしている間にこっそり改良…ということができない。
なぜアメリカの鉄鋼業は衰退した?
こうした前提をふまえると、アメリカの鉄鋼業が衰退した理由が見えてくる。
①老朽化した設備のまま国際競争に突入
アメリカは1950年代、世界最大の鉄鋼生産国だった。しかし、その後も稼働し続けた高炉は次第に老朽化していった。
そして十分な設備投資をしないまま、1960年代以降、日本・韓国・中国などとの厳しい国際競争に突入する。
②より安く鉄を作れる国との競争に負けた
日本の台頭
1960〜70年代、日本では高度経済成長にともない鉄鋼需要が急増した。それに応えるかたちで、製鉄企業は最新の高炉設備を導入し、大量生産が可能な体制を整えた。
さらに、アメリカよりも人件費が安かったこともあり、価格競争力の高い鉄鋼を次々と市場に送り出すことに成功した。
韓国の台頭
韓国政府主導で設立された製鉄企業(POSCO)が、日本(新日鉄など)からの技術支援を受けて1970年代に急成長した。
当時の韓国は人件費が非常に安く、POSCOは低コストで鉄鋼を大量に生産・供給することが可能だった。
アジアから新たな競争相手が現れたことで、アメリカの鉄鋼業はさらに厳しい立場に追い込まれていく。
中国の台頭
1990年代以降、中国は改革開放政策を背景に鉄鋼業を急速に発展させた。さらに2001年のWTO加盟を機に、海外との貿易が本格化。鉄鋼の生産量は一気に拡大する。
その勢いはすさまじく、2010年ごろには世界の粗鋼の半分以上を中国が生産するようになった。
背景には、
- 低賃金の労働力
- 大規模な生産設備(スケールメリット)
- 環境規制の緩さによる環境対策コストの低さ
などがあり、こうした条件を活かして安価な鉄鋼を世界中に輸出。国際市場における存在感を急速に高めていった。
③ 自動車産業が衰退した
アメリカの自動車産業の衰退も、鉄鋼業に打撃を与えた。
鉄鋼は、自動車や建設などに使われる。そのため、主要な取引先である自動車産業の浮き沈みは鉄鋼業にも大きく影響する。
→自動車産業について
まとめ
アメリカの鉄鋼業は、更新が難しい高炉の老朽化により、安価な鉄鋼を大量に生産できる日本・韓国・中国との競争に負けた。さらに、自動車産業の低迷で国内需要も減少した。
この結果、かつて世界一を誇った鉄鋼大国は、その地位を東アジア(特に中国)に明け渡すことになった。