Profile
千葉の公立中・公立高から、1年間の浪人を経て東大へ(文三→教育学部→大学院教育学研究科)。公立中学校の教員になった後、数年で退職。現在はブロガーとして生計を立てて8年目。学生時代から教員時代にかけて、ずっと引っかかっていたのは、学校で学ぶ社会科と現実の社会とのギャップ。教科書を理解しても、ニュースを理解できない。このギャップを埋めたくて、今も社会の勉強を継続中。目標は「世界一の社会科教員」——教えるのがうまい人ではなく、「この人といると自分も学びたくなる」そう思ってもらえる存在——になること。
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背景
1991年、インドは大きな経済危機に直面していた。
①輸入の支払いに必要な外貨(ドルなど)があと2週間分しかなかった
- 湾岸戦争(1990~91)により原油価格が高騰した(←インドは石油を大量輸入していた)
- 湾岸戦争(1990~91)により中東の出稼ぎ労働者からの送金が途絶えた
②財政赤字と貿易赤字が悪化していた
- 効率の悪い国営企業が多く、政府が赤字を垂れ流していた
- 製造業が弱く、輸出より輸入の方が圧倒的に多かった
改革(1991〜 新経済政策 NEP)
インド政府は国際通貨基金(IMF)に支援を求めたが、その際「お金は貸すけど、経済改革してね!」という条件がついたため、新経済政策が実行された。
①規制緩和
企業に対する政府の介入を減らし、企業が自由に活動できるようにした。
②民営化
国営企業を民間に売却するとともに、一部の分野で民間企業の参入を解禁した。
③貿易と投資の自由化
外国との貿易を自由にするとともに、外国企業のインドへの直接投資を許可した。
結果
- 経済成長が加速!(IT・サービス業が特に成長)
- 中間層が拡大
- 貧困率の改善
- 外国企業がインド市場に進出(例:Google、Microsoft、トヨタなど)
→インドの産業をわかりやすく:なぜジェネリックやワクチンに強い?
運営者

千葉の公立中・公立高から、1年間の浪人を経て東大へ(文三→教育学部→大学院教育学研究科)。公立中学校の教員になった後、数年で退職。現在はブロガーとして生計を立てて8年目。学生時代から教員時代にかけて、ずっと引っかかっていたのは、学校で学ぶ社会科と現実の社会とのギャップ。教科書を理解しても、ニュースを理解できない。このギャップを埋めたくて、今も社会の勉強を継続中。目標は「世界一の社会科教員」——教えるのがうまい人ではなく、「この人といると自分も学びたくなる」そう思ってもらえる存在——になること。