【日本史】日米修好通商条約の内容をわかりやすく

日米修好通商条約はどんな内容だったのか?
日米修好通商条約とは
1858年6月に日米修好通商条約にサイン(調印)をした後、1858年7月から9月にかけて、幕府はオランダ・ロシア・イギリス・フランスとも同様の条約を結ぶことになりました。
これら5カ国と結んだ条約のことをまとめて安政の五カ国条約と言います(これらの条約も勅許を得ないまま結ばれました)。
日米修好通商条約の内容
安政の五カ国条約(日米修好通商条約)は一言で言うと、「欧米人が日本で商売してもOK」っていうことを認めた条約です。
となると、欧米人が日本で商売をする際のルールを決めなきゃいけないですよね。例えば、以下のような点をはっきりさせる必要がある。
- どこで商売するのか?
- 場所さえ守ればあとは全て自由に商売してOKなのか?
- 日本人と欧米人の間でトラブル・犯罪が起きたらどうするのか?
- 欧米人はどこに住むのか?
これらのルールが書かれているのが日米修好通商条約(安政の五カ国条約)です。

(1)開港場・開市場の設定
- 下田・箱館に加えて神奈川・長崎・新潟・兵庫も開港
- 江戸・大阪の開市
(2)欧米人は居留地の中で居住・通商を行う
(3)通商は自由貿易とする
(4)領事裁判権を認める
(5)日本に関税自主権がない(協定関税制)
(6)外国に対してだけ最恵国待遇を認める(片務的な最恵国待遇)

どこで商売をする?(→開港場・開市場の設定)
まず、商売の場所についてです。
安政の五カ国条約(日米修好通商条約)では、
- 開港場に設けられた居留地
- 江戸・大坂の開市場
で商売をするのはOKだよ!ってことになりました。
※居留地=外国人が居住・商売をしてもOKなエリア

開港場と開市場の違い
- 開港場は外国船が港に入れるけど、開市場は入れない。
- 開港場の居留地には永住できるけど、開市場の居留地には商売をする時だけしか滞在できない。
ちなみにこの前、東京にある築地居留地の跡を見てきました。写真がこちら↓




商売のルールは?(→自由貿易、協定関税制)
そして商売の際は、
- 幕府の役人が介入したり貿易の量を制限したりせず、ビジネスマン同士が自由に商売をする(自由貿易)
- 関税は日本だけでは決められない(協定関税制・関税自主権の欠如)
ことが約束されました。




外国人とトラブルが起きたら?(→領事裁判権)
商売をするために外国人が日本に滞在することになるわけですが、そうなると怖いのがトラブル時。外国人が犯罪を起こしたらどうするか?
条約では、「もし外国人が犯罪を起こした場合は、領事が裁判をする」ということになりました。これがよくテストで書かされる「領事裁判権を認めた」の意味です。
ちなみに、「外国人が今いる国の法からまぬがれる特権をもつ」ことを治外法権と言います。
※領事=外国に駐在して自国民の保護などにあたる外交官の一種

なんで日本人が裁かないの?って疑問に思った人はこちらの記事へ

外国人はどこに行ってもいい?(→居留地)
また、商売をするために来日した外国人は
- 居留地に居住する
- 国内旅行はできない(内地雑居は認めない)
ことになりました。おそらく日本人とのトラブル防止のためだと思います。

神戸に行くと居留地跡を見学できます。








片務的最恵国待遇
あと、日米和親条約から引き続き、「外国に対してだけ最恵国待遇を認める」ことが約束されました。


日米修好通商条約を結んだ結果













