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【日本史】幕末の金貨流出と、現代の発展途上国

モチオカ(望岡 慶)

貿易依存度が低い国、閉じた経済が国際市場に開かれるとき、いろんな問題が生じる。

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例①:幕末の金貨流出

鎖国中は「為替」を考える必要がなかった

江戸幕府の鎖国期は、貿易が長崎などの窓口に限定されていて、さらに金や銀が国内で産出されていた。

そのため、外国のお金と日本のお金の交換比率(為替レート)をほとんど意識する必要がなかった。

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開国後の失敗

ペリー来航を機に欧米諸国との貿易が開始され、事実上の自由貿易へと移行する。

この際、本来であれば為替相場の適切な管理や検証が必要だった。

しかし、江戸幕府には経験も知識もなかった。貿易決済手段としての貨幣(=銀)の市場価値を、正しく理解していなかったのだ。

当時、日本国内と国際市場の間には、以下のような金銀の価値評価の歪みがあった。

  • 日本国内:金の価値が低く、銀の価値が高く評価されていた。
  • 国際市場:金の価値が高く、銀の価値が低く評価されていた。

本来、国のトップはこれを理解していなければいけない。

国内流通貨幣の価値と、それが外国と取引される際の国際的な価値を見比べ、適切なバランスに管理・統制しなければならないのだ。

しかし、幕府は長年の「鎖国」によって経験や見識を欠いていた。

そのため、銀の市場価値を見誤った。その結果、大量の金貨が海外へ流出するという深刻な問題を招いた。

とはいえ、幕府がこの問題にまったく気づかなかったわけではない。

1860年には金の含有量を減らした新しい小判(万延小判)を発行し、国際水準に近づけようとする対応も取っている。

しかし、日本国内の金銀比率は長い鎖国の歴史の中でじっくりと形成されてきたもの。それを即座に国際水準に合わせることは、構造的にきわめて難しかったはず。

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例②:現代の途上国が直面する課題

この江戸幕府の失敗は、現代の発展途上国が直面する課題とよく似ているなあと思う。

貿易をするためには、自国のお金とドルの交換比率(為替レート)を安定させることが欠かせない。交換比率が安定していないと、「売った商品の代金が、受け取る頃には半分の価値になっていた・・・」といった事態が起き、まともに取引ができなくなる。

では途上国はなぜ、交換比率をうまく安定させられないのか。

たとえば、ある途上国で国民の生活が苦しく、景気が悪化しているとする。このとき政府は国民を助けるために「お金をたくさん発行して、景気を良くしよう」と考える。

しかし実際にお金をたくさん刷ると、自国通貨の価値が下がり、為替レートが崩れる。するとドルで支払わなければならない輸入品(石油・機械・食料など)の値段が一気に上がり、国民の生活はかえって苦しくなってしまう。

かといって、為替レートを安定させるために「お金の量を増やさない・金利を上げる」という国際的な基準に合わせようとすると、今度は国内の景気がさらに悪化し、失業者が増えてしまう。

エジプト カイロにて(2025.3撮影)

国内事情を優先すれば国際的な競争に負け、国際基準を優先すれば国内経済が苦しくなる。どちらを優先しても、どこかにしわ寄せが来る。

この板挟みの構造こそが、途上国が貿易において常に不利な立場に置かれ、いつまでも先進国になれない根本的な原因である。

共通するパターン

幕末の江戸幕府は、長年の鎖国で形成された「国内の基準」を、突然現れた「国際的な基準」に素早く合わせることができなかった。

現代の途上国も、長年の経済的な遅れによって形成された「国内の事情」を、「国際市場が求める基準」に合わせることが構造的に難しい。

どちらも「国内」と「国際」のズレを埋める経験・制度・体力が不足しているという点で、本質的に同じである。

もちおか
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最後までお読みいただきありがとうございました。

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