インナーシティ問題とは?わかりやすく
共通テストの地理において、頻出テーマの一つが「都市問題」。
中でも「インナーシティ問題」は、先進国の都市問題として重要。しかし、この問題を「過密」や「住宅の老朽化」とだけ結びつけている人が結構多いんじゃないかと思う。
インナーシティ問題には「工業の衰退により起こる」という側面もある。ここを理解しておくと、いろんな知識がつながって、「産業と人々の生活(居住場所)の関係」についての理解が深まる。
そこで今回は、インナーシティ問題について、特に工業との関係に重点を置いて説明する。
インナーシティ問題とは
大都市の都心居住区が衰退する現象。
- 都心の住環境の悪化を嫌い、高所得層が郊外へと流出する(ドーナツ化現象)。
- 一方、都心には移住困難な低所得層や困窮した人々が残る。
- その結果、自治体の税収が激減。公共インフラの維持や行政サービスの継続が困難になり、さらなる治安悪化や貧困の連鎖を招く負のスパイラルに陥る。

インナーシティ問題が起こる理由
インナーシティ問題の発生要因には2パターンある。
過密や住宅等の老朽化
人口の過密や、開発が古くから進んだ都心近郊の住宅の老朽化などが原因で、都心部の住環境の魅力が下がる。
→所得が高い層や子育て世帯が、より環境の良い郊外の新興住宅地へ移住する(ドーナツ化現象)。
→経済的な理由から郊外に移住できない低所得層、高齢者、外国人労働者などが都心部に残存・流入する。
→地方自治体の税収が減少し、住宅やインフラ等の再整備が困難になる。
製造業の撤退
もともと製造業が集積することで、労働者が集まって住宅街ができていた。
→地価高騰や生産効率(=もっと安い賃金の場所がいい)の観点から、製造業(工場)が郊外や海外へ移転する。
農業と違って特定の自然環境に依存しているわけではない工業は、外に移転しやすい。
特に単純な作業で十分な工場(軽工業)ほど、外に移転しやすい。特別なスキルが必要ないので、工場で働く労働者を集めやすいから。
→多くの地域住民が働いていた工場の仕事がなくなり、失業率が上昇する。
→特に単純労働に従事していた層は職探しに苦しみ、経済的な理由から移住できないまま都心部に残存することがある。
→地方自治体の税収が減少し、住宅やインフラ等の再整備が困難になる。
製造業(工業)とインナーシティ問題の関係
「インナーシティ問題は製造業と結びついた現象」って認識すると、いろいろ理解が深まる。

工業の発展
都市部で工業が発展し、都市部に人が集まる。
※集落(settlement):人間が継続的に生活を営むために、住居や関連施設が集まっている空間。
- 村落(village):第一次産業(農林水産業)を経済基盤とする集落。
- 都市(city):第二次・第三次産業(商工業やサービス業)を経済基盤とする集落。

人間の活動において、最優先事項はまず「食べ物を安定的に確保すること」。たとえば、もし毎日300円で生活しなければならないとしたら、アクセサリーやイヤホンより先に食料を買うはず。この優先順位は社会全体にも当てはまる。
そのため歴史的には、多くの人が第一次産業(農業)に従事し、農地の近くに住んでいた。
ところが、農業技術が発展し、生産効率が高まると「農業に従事する人の数を減らしても食料供給を維持できる」状態が生まれる。また、交通・物流が発達することで、必ずしも農地の近くで暮らす必要がなくなる。
すると、人々は村落を離れて、農産物が集まる市場が発達した場所へ移動し始める。村落の余剰労働力は、第二次・第三次産業の仕事がある場所(=都市)へと移動する。
製造業(工場)の移転
ロンドンやニューヨークの事例
1960年代から70年代にかけて「脱工業化」が進んだ。
- 企業はわざわざ賃金の高いロンドンやニューヨークに工場を置く必要がなくなり、より人件費の安い地方や海外(アジアなど)へ拠点を移した。
だからインナーシティ問題は、工業が最も早く高度に発達した先進国の大都市で起きている。


日本の事例
高度経済成長期以降、東京などの大都市から工場が移転した。
- 東北地方や北関東:東北新幹線や高速道路網の整備が進み、東京圏へのアクセスが比較的良好な東北地方南部(福島、宮城など)や、北関東(群馬、栃木、茨城など)に多くの工場が移転した。
- アジア新興国・中国:地理的に近く賃金が安価な韓国、台湾、ASEAN諸国(特にタイ、マレーシア、インドネシア)、中国に、自動車部品や家電製品などの労働集約的な生産部門が移転した。


製造業(工場)移転後の再開発
工場が移転した後、跡地はどのように活用・再開発されることが多い?
- 大規模ショッピングモール(ロードサイド型)
- マンション・戸建て住宅
- 巨大物流倉庫(←ネット通販の拡大)
- 研究開発機関(マザー工場など)
- 公園・レクリエーション施設
- 商業施設(例:横浜赤レンガ倉庫、神戸ハーバーランド)
- 高層タワーマンション(←眺望を売りにできる)
- テーマパーク等の観光施設(←巨大な敷地&騒音を出しても迷惑がかかりにくい)
- 業務・オフィス地区(新都心)
- 公園・レクリエーション施設


ロンドンのドックランズって今どうなっているの?
ドックランズ(London Docklands)は都市再生の最も有名な成功例の一つ。
19世紀〜20世紀初頭は世界最大の港湾地区だった。
しかし、コンテナ輸送の時代になると大型船がテムズ川奥まで入れなくなり、1980年代には廃墟と化した荒廃地区になっていた。
政府主導の大規模な再開発が行われ、現在は「第二の金融街」へと変化した。カナリー・ワーフが再開発の中心地。
参考:ドックランズ
企業城下町って産業の空洞化が起きると大変なことになるよなあ・・・
1. 直接的な雇用喪失
- マザー工場の閉鎖・縮小:大企業の工場が海外へ移転すると、数千人の従業員が職を失うか、配置転換で町を出ていくことになる。
2. 下請け企業の連鎖倒産
- 城下町には、親企業に部品を納める下請け・孫請けの中小工場が密集している。親がいなくなれば仕事がなくなり、これらが次々と倒産・廃業する。
3. 地域経済の壊滅
- サービス業の衰退:工場労働者がいなくなると、彼らが利用していた飲食店、居酒屋、床屋、スーパー、タクシーなどの売り上げが激減する。
- 地価の下落:人が出ていくため、不動産価値が暴落する。
4. 行政サービスの崩壊(財政破綻)
- 税収の激減:企業からの法人税と、住民からの住民税の両方が一気に入らなくなる。
- インフラの維持不能:道路、橋、水道、学校、市民病院などを維持するお金がなくなり、行政サービスをカットせざるを得なくなる。
- 結果、「住みにくい町」になり、残っていた住民(特に若者)も流出し、高齢者だけが取り残される。
参考:日立市、揺れる企業城下町
参考:デトロイト
いま工業が発達している国の都市は今後どうなる…?

安価で豊富な労働力と国際貿易協定への積極的な参加により、軽工業とハイテク製品の組立の拠点となっている。
- 繊維・アパレル産業:主要な輸出品目であり、衣料品や靴のOEM(受託製造)で世界的な地位を確立
- 電子機器・組立産業:サムスンなどの外資系企業が進出。スマートフォンや電子部品の最終組立の主要な拠点。
- 家具製造業


