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【日本史】金融恐慌とは?東大卒元社会科教員がわかりやすく解説

【日本史】金融恐慌とは?東大卒元社会科教員がわかりやすく解説

金融恐慌とは何なのか?について説明します。

金融恐慌について調べたけど、Wikipediaとかの説明は詳しすぎてわかりにくい!っていう人向けです。

(学者が読むとイラつくかもです。間違っているところがあったら指摘してくださると助かります。)

 

この記事の信頼性

僕(もちお)は、元社会科教員。

  • 日本史についてそれなりにくわしい。

僕(もちお)は、東大入試で日本史を選択。

  • 日本史についてそれなりにくわしい。

 

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金融恐慌とは

 

 

【日本史】金融恐慌とは?東大卒元社会科教員がわかりやすく解説

1927年、震災手形の処理をめぐる片岡直温蔵相の失言から起きた経済恐慌。取り付け騒ぎや銀行・会社の破産・休業が続発した。

田中義一内閣は、モラトリアム(支払猶予令)を実施するとともに、日本銀行に非常貸出しを行わせることで金融恐慌をしずめた。

 

ってのが金融恐慌とは何なのか?に対する答えですが…これだとマジ意味わからん!って感じだと思うので、一つずつ超丁寧に説明します。

 

 

金融恐慌を丁寧にわかりやすく解説

【日本史】金融恐慌とは?東大卒元社会科教員がわかりやすく解説
  • 震災手形とは?
  • 取り付け騒ぎとは?
  • モラトリアム(支払猶予令)とは?

 

このあたりがちゃんとわかるように話します。

 

 

企業は手形を発行して代金を後払いする

まず手形とは何なのか?についてです。

 

手形っていうのは、「記載された金額を○年△月×日に支払いますよ!」っていうのを約束するために作られる書類のことです。

 

 

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2021年7月1日、A企業がB企業から100万円分の商品を購入したとします。この時に、A企業がすぐに現金100万円をB企業に支払う…のではなく、「2021年10月1日まで支払いを待ってください!必ずお支払いしますから!」ってことで後払いをお願いすることがよくあります。

ここでA企業がB企業に対して「記載された金額を2021年10月1日に支払いますよ!」っていうのを約束するために発行する(振り出しをする)のが手形(約束手形)です。

 

 

 

【日本史】金融恐慌とは?東大卒元社会科教員がわかりやすく解説

※この記事では、例としてA企業・B企業・C企業・D企業がこんな感じでお互いに取引をしていて手形を発行しているとします。

 

 

企業は現金が欲しい時に手形を割り引いてもらう

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2021年8月1日になって、B企業が「すぐに現金90万円が欲しい!」って思ったとします。

A企業から渡された手形は2021年10月1日にならないと現金化できません。

 

 

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が、この「2021年10月1日に100万円の現金と交換できますよ」っていう手形(権利)を、例えば90万円で銀行に買い取ってもらうことで、B企業は”すぐに”現金化することができます。

これを「手形の割引き」と言います。

 

 

 

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手形の割引が行われると、手形の持ち主は銀行になります。こんな感じで各銀行はたくさんの手形を抱えているとします。

 

ここまでが金融恐慌について理解するための前提知識です(日本史の教科書にはここまでは書かれていないけど)

ここからは金融恐慌が起こるまでの歴史を説明します!

 

 

第一次世界大戦後の戦後恐慌

第一次世界大戦のおかげで、日本は大戦景気と呼ばれる好景気を経験しました。

 

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が、第一次世界大戦が終わった後、その反動で1920年頃から戦後恐慌という大不況に陥りました

大戦景気で調子に乗りすぎて生産を拡大した企業は、戦後恐慌で大打撃を受けて(モノが売れなくなって)経営状態がかなり悪化します。

 

 

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※この記事では、A企業とB企業が戦後恐慌の影響をモロに受けて経営が超絶悪化したとします。

 

 

関東大震災と震災手形

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その後、いろんな対策をしてなんとか戦後恐慌を乗り越えられそうだ…って思っていたところに、なんと大災害が襲いかかります。

 

 

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1923年9月1日に起きた関東大震災です。この結果、震災恐慌と呼ばれる大不況に陥ります。

 

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ここで困ったのが、関東大震災の影響をモロに受けた企業が発行した(振り出した)手形を持っている企業・銀行です。

 

 

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例えばA企業が1923年6月10日の段階で「1923年9月10日に100万円を支払いますよ!」っていう手形をB企業に対して発行していて、B企業はこの手形を90万円で銀行に買い取ってもらっていた(割り引いてもらっていた)とします。

んで、このA企業が1923年9月1日の関東大震災の影響をモロに受けていたとしたら、、、震災から10日後の9月10日に約束通り100万円を支払うのはかなりキツそうですよね。

 

このように、関東大震災のために支払いができなくなった手形のことを震災手形と呼びます。

 

 

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「うわ!うちの銀行が持っている手形、震災手形ばっかりじゃん!」ってことになった銀行は、お金を約束通りに支払ってもらえる可能性が低いっていう意味でむちゃヤバイ!んです。

 

 

関東大震災直後の対応

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そこで、政府(第2次山本権兵衛内閣)は対策をしました。

  • 9月中に支払い期限をむかえる手形のうち、被災地域の企業が振り出したものは支払い期限を1ヶ月猶予する(モラトリアム)
  • 震災前に銀行が割り引いた手形のうち、震災手形とみなされたものは日本銀行が再割引して銀行を救済し、それによって日本銀行に損失が生じたら1億円を限度に政府が補償をする(震災手形割引損失補償令)

 

2つ目について説明します。

 

 

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これは、銀行が持っている震災手形を日本銀行が買い取る(再割引する)という意味です。例えばB企業から90万円で買い取った手形(震災手形)を80万円で日本銀行に買い取ってもらえば、銀行はとりあえず80万円の現金を手にすることができますよね。

 

 

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こうして日本銀行は震災手形を再割引しまくって、その額は(補償限度の1億円を超える)4億3000万円以上になりました。このまま震災手形が決済されなければ日本銀行は大打撃を受けるわけです。

 

 

震災手形の処理をめぐる争い

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そして1926年末の時点でも、2億680万円が未決済でした。

 

どうやら関東大震災によって打撃を受けた企業の手形だけでなく、戦後恐慌で打撃を受けた企業が発行していた手形も日本銀行に持ち込まれていたようです(←銀行が「よし、これはチャンスだから、この手形を震災手形ってことにして日本銀行に買い取ってもらおう」って考えて日本銀行に再割引してもらったりした)

この未決済の震災手形(2億680万円分)をなんとか処理しないと、日本銀行は大打撃を受けてしまいます。

 

 

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そこで1927年1月、政府(第1次若槻礼次郎内閣)は震災手形を処理するための法案(震災手形関係二法)を議会に提出しました。

 

 

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ところが、この震災手形の処理をめぐって政治的なバトルが起きてしまいます。簡単に言うと、

与党の憲政会政友本党 vs 野党の立憲政友会

という構図でのバトルです(憲政会と政友本党は裏で密かに提携していた=憲本提携→のちに立憲民政党になる)

 

この政争(議会での審議)の中で、震災手形についての情報が少しずつ明らかになりました。そして国民もその情報を知り、「おいおい銀行は大丈夫なのかよ」っていう不安が広まることに

 

そして…

 

 

片岡直温蔵相の失言

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1927年3月、震災手形の処理法案を審議する中で片岡直温蔵相が失言をしてしまいます

「今日の正午頃、東京渡辺銀行が破綻しました」

 

本当はまだ破綻していなかったんですけど、「このままだと東京渡辺銀行はヤバイっす」っていうメモの内容を片岡直温蔵相が勘違いして「破綻した」って言っちゃったようです。

 

 

取り付け騒ぎ

もともと「銀行は大丈夫なのかよ」って不安を抱いていた人々が実際に「銀行が破綻した」という大臣の発言を聞いたらどう思うか?

 

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「自分がお金を預けた銀行もヤバイかも!銀行が破綻する前にお金をおろさなきゃ!」って思うんです。で、急いで銀行に駆けつけます。

 

 

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これが取り付け騒ぎです。

取り付け騒ぎ

銀行や金融制度に対する不安から、預金者がお金を取り戻そうとして銀行の店頭に殺到する現象。

 

 

たくさんの人から一斉に「お金を払い戻してください!」って求められると、銀行は困ります。窓口での対応で業務が停滞しますし、そもそも銀行は預金を「全額いつでも払い戻しできますよ」っていう状態で保管しているわけではないからです(→みんなから預かったお金を別の事業に使ったりして利益を出しているので)

こうして、対応できずに休業したり倒産したりする銀行が続出しました。これが金融恐慌です(1927年)

 

 

台湾銀行を救済したいけど…

1927年3月に起きた取り付け騒ぎ自体はなんとか収まったんですけど、経営が苦しい銀行がたくさんあることに変わりはありませんでした

 

 

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特に経営が苦しかったのが台湾銀行っていう銀行です。

台湾銀行

  • 第一次世界大戦中の大戦景気で儲かりまくった鈴木商店にお金を貸していた
  • 鈴木商店は戦後恐慌で経営が苦しくなったため、お金を貸していた台湾銀行も経営危機に陥った
  • 台湾銀行は植民地台湾における重要な銀行だったので、破綻させるわけにはいかない銀行だった

 

 

台湾銀行が日本政府に「助けて!」って要請してきたので、政府(第1次若槻礼次郎内閣)は日本銀行に対して「救済せよ!」って言いました。

が、日本銀行いわく「ちゃんとした法律がないとムリっす」ってことだったようです。ところが帝国議会はすでに閉会していた時期だったので、法律を成立させるのは難しい状況でした。

 

 

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そこで政府は「法律じゃなくて緊急勅令で救済するぞ!」って思ったのですが…なんと枢密院っていう組織が「そんな緊急勅令は認められませぬ!!」って反対したんです。

 

この結果、責任を取る形で1927年4月に第1次若槻礼次郎内閣は総辞職。そして誕生したのが立憲政友会を与党とする田中義一内閣です(衆議院第1党の政党にもとづく内閣が倒れたら、次は野党第1党の政党が内閣を組織する、っていう流れができていたから=憲政の常道)

 

 

田中義一内閣のもとで高橋是清蔵相が恐慌をしずめた

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田中義一内閣の高橋是清蔵相は

  • 支払い期限を3週間猶予する(モラトリアム:支払猶予令)
  • 日本銀行から銀行にお金を貸しまくる(片面印刷の紙幣を印刷したりして)

っていう対策をとり、金融恐慌をしずめることに成功しました。

 

 

金融恐慌の影響

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  • 多くの中小銀行が経営破綻した
  • 民衆は「小さな銀行にお金を預けるのは危ない!」って思った
  • その結果、財閥系の5大銀行(三井・三菱・住友・安田・第一銀行)に預金が集中した

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

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