【日本史】小国の分立と邪馬台国をわかりやすく

朝鮮半島から九州に移り住んだ人々が稲作と金属器を伝えた結果、人々の生活の様子が大きく変わりました。
今回は、日本列島で国が誕生したよっていうテーマで話をします。
小国の分立
稲作により社会が巨大化し、リーダーが登場した
稲作は大人数での共同作業が必要な大仕事です。なので、そのような共同作業をするにあたって、やっぱりリーダー(指導者)が必要になってきます。
あと稲作は富を拡大でき、貯蔵もできるっていう意味ですごいものです。コメは1粒の種から何十倍何百倍の実がなるし、魚や肉と違って腐りにくいので長期間保存ができます。
そうすると、コメをたくさん蓄えた人や集団(村)はそれなりの影響力をもったはず。社会の中に上下関係が生まれてくることになりました。
実際、弥生時代のお墓を見てみると、縄文時代と違ってお墓に差がありました。すごく大きなお墓があったり、遺体と一緒にたくさんのモノ(副葬品と言う)が入れられたお墓があったり。
これ、地域を支配するリーダーが存在していたことの現れですよね。

このように、稲作が伝わったことによってリーダーが生まれ、社会の中に上下関係が生まれました。
この流れは地域レベルで広がっていきます。
稲作をするためには土地が必要なので、広い土地を持つのってすごい大事です。だから、隣の集団(村)を吸収しちゃおう!そうすればもっと広い土地で稲作ができる!って考えたリーダーもいたはずです。
あと、稲作に失敗して食糧がゲットできなかったら、隣の村とかを襲って奪い取るしかなかったりする。
って感じで、広い土地を確保したり食糧を確保したりするために殴り合いの争い(バトル)が起きることがありました。そうすると、勝った村が負けた村を吸収して、さらに大きな村になる…ってことが起きます。
このように、ある集団が別の集団を吸収したりして、だんだんと広い地域を支配する国みたいなものが誕生してきました。
中国の歴史書にも「日本列島での国の誕生」が書かれていた
日本列島で国が誕生したことは、なんと中国の歴史書にも書かれていました。
中国の歴史書で「漢書」っていう本があって、その中に「地理志」っていう地理について書いてある部分があります。そこになんと日本のことが書かれていたんです。
「紀元前1世紀ごろ、日本には約100個の国があって、その中には中国(漢)に使いを送る国もあった」とのこと。

ここで初めて「文字からわかる歴史」が出てきます。
これまでの日本の歴史は、土の中から発掘されたモノを調べることで分かっていました。土の中から打製石器が出てきたり、弥生土器が出てきたり、見つかったお墓の大きさが違っていたりして、そこから人々の生活の様子(歴史)を推測していた。
これを考古学って言います。いわゆる「モノからわかる歴史」ですね。
ですが、いよいよ日本について文字で書かれた本が登場したんです。それが「漢書」地理志です。
中国の歴史書にも「日本には約100個の国がある」って書かれていた。つまり、稲作が日本に伝わった後、ある集団が別の集団を吸収したりして日本列島で国が誕生した、っていうのは間違いなさそうだな、ってことです。
※学校の歴史の授業で、なぜかやたら中国の歴史書の名前を覚えさせられたりしたと思うんですけど、それは「日本について文字で書いた本があったんだよ!」っていうことが言いたいからです。
国のリーダーは何を考えた?
じゃあ、国のリーダーは何を考えるでしょうか?
たくさんの人をまとめるのって大変ですよね。国の中で人々が暴動を起こしたりするかもしれないし、他の国と対立をしたりするかもしれないわけです。いつ国が崩壊するかわからない。
となると、国のリーダーが達成したいことは「国の安定」です。
じゃあ国を安定させるためにどうするか?。

国の安定のために中国の権威を利用する
リーダーは「強い人の影響力を利用する」っていう方法をとりました。
強い人っていうのは当時でいうと中国のこと。中国の影響力、権威(オーラ)を利用してリーダーは国を安定させようとした。
ドラえもんのスネ夫みたいなイメージです。スネ夫ってバックにジャイアンっていう強い存在がいるからこそ、のび太に強く当たったりできます。
あとは「先生が良いって言ってたもん」っていう、あれ。あれも、先生っていうある意味「強い人」の影響力を利用することで小学生男子達を黙らせて支配させようとしたっていう意味で、当時のリーダーが中国の権威を利用しようとしたこととイメージが近い。
日本のリーダーは中国の権威を利用しようとしました。

だから、さっき出てきた「漢書」地理志の中で「紀元前1世紀ごろ、日本には約100個の国があって、その中には中国(漢)に使いを送る国もあった」っていう表現が出てくるわけです。
中国に使いを送ることで、中国の権威を利用しようとしたっぽいです。
「漢書」の次に日本のことが書かれていた「後漢書」の中の東夷伝っていう部分には、「奴国の王が後漢(中国)に使いを送って、中国皇帝から金印をプレゼントされた」っていうことが書かれています。

あと、当時のリーダーと思われる人のお墓からは、中国製の銅鏡がたくさん出てきたりしました。「ほれ、made in China(メイド イン チャイナ)のものを持っているオレはすごいだろー」っていう感じでしょうか。
このように、「オレの国のバックには、あの中国がいるんだぜ」っていう感じで中国(皇帝)の権威・オーラを利用することで、リーダーは人々をまとめ、国を安定させようとしました。
これ、日本の歴史を理解する上ですごく大事です。
朝貢と冊封
中国の周辺の国のリーダーが中国の皇帝に貢ぎ物を送ってご挨拶をすることを「朝貢」と言います。(超重要)
朝貢された中国皇帝は、「よしよし、良い子だな」って感じで朝貢をしてきたリーダーを「あなたは〇〇国の国王です」って認めてあげて、銅鏡とかの豪華なモノをたくさんあげます。これを「冊封」と言います。
さっき「後漢書」東夷伝の中で「奴国の王が中国皇帝から金印をプレゼントされた」っていう話をしましたが、これは中国皇帝が冊封をしたっていう意味です。

金印
で、この金印。歴史の教科書にやたら出てくるので印象に残りますよね。なんで教科書に出てくるかっていうと、すごいからです。
中国皇帝から金印をプレゼントしてもらった奴国は日本の中にいくつかあった国の中の1つ。福岡あたりにありました。
で、本には「金印をプレゼント」って書いてあったけど、長いことずっと金印は発見されていなかったんです。なので、「本当に金印をプレゼントしたのかな?」って疑うこともできた。
が、なんと江戸時代に志賀島っていう今でいう福岡県のとある場所で、「漢委奴国王」って刻まれた金印が発見されました。(ちなみに、「委」っていうのは「日本」っていう意味です)
もうビックリです!「あの本に書いてあった金印じゃないかー!」って。

このように、「文字からわかる歴史」と「モノからわかる歴史」が見事に一致したんです。ってことで、金印はすごい。だから、教科書に写真付きで出てくるわけです。
まあ大事なのは、金印のストーリー性よりも、金印が何を表しているのか?っていうことの方です。
国のリーダーが国を安定させるために中国の権威を利用しようとして使いを送り(朝貢)、中国皇帝が「あなたは〇〇国の国王です」って認めてあげて、豪華なモノをプレゼントした(冊封)っていうこと。こっちが本質です。
邪馬台国の卑弥呼とは?
日本にたくさんの国が誕生したわけですが、2世紀後半に倭国大乱っていう国同士の大きな争いが起きたようです。
なんで大きな争いが起きたのか?っていうのはよくわかっていません。が、当時、権威の源となる中国の国内で混乱が起きたりもしていたようで、このことが日本国内の争いと全く無関係とは言えない気がします。
で、倭国大乱っていう大きな争いが起きていたんですけど、邪馬台国の卑弥呼が倭国(日本)の女王になることで、争いがおさまったらしいです。

昔は国がたくさんありました。その国同士が手をつなぎあうことで連合体を作っていた。
卑弥呼がいた邪馬台国もその国の中の1つで、連合体を作っていました。
その連合体(倭国)のトップが卑弥呼になったんです。女王卑弥呼がまとめている連合体は約30個の国からなり、その連合体のことを邪馬台国連合っていうらしいです。

中国の権威を利用
卑弥呼は邪馬台国連合を安定させるために、やっぱり中国の権威を利用します。
当時の中国は魏・呉・蜀っていう3つの国に分かれて争っていた三国時代だったんですが、その中の魏っていう国に使いを送りました(朝貢)。で、皇帝から「親魏倭王」の称号をもらって、金印やたくさんの銅鏡をもらいました(冊封)。この金印はまだ見つかっていません。
呪術を利用
ただ、卑弥呼が面白いのは中国の権威を利用しただけじゃないこと。
卑弥呼は呪術っていうマジカルパワーを使って国を安定させようとしたらしいです。
呪術っていうマジカルパワーを持っている神秘的な存在って、オーラがビンビンな感じがして、「ははあー」って従っちゃいそうですよね。(そういうマジカルパワーを持っているからこそ、卑弥呼は女王になれたんでしょう)

まとめ
稲作が伝わったことによって、リーダーが生まれ、社会の中に上下関係が生まれた
ある集団が別の集団を吸収したりして、だんだんと広い地域を支配する国みたいなものが誕生した
そのことが、なんと中国の歴史書にも書かれていた
国のリーダーは国を安定させるために中国の権威を利用しようとした
卑弥呼はさらに呪術を使って国を安定させようとした














