【日本史】明治維新の三大改革をわかりやすく:廃藩置県の前?後?

明治維新の三大改革について説明します!
明治維新の三大改革の重要ポイント
明治維新の三大改革っていうのは、廃藩置県(1871年)の後に行われた3つの近代化政策のことを言います。
具体的には、教育改革である学制、兵制改革である徴兵令、税制改革である地租改正のことを指します!
それぞれの政策についての細かい説明をする前に、この明治維新の三大改革のポイントを説明すると、、、
廃藩置県の後に実行された
明治維新の三大改革のポイントは「廃藩置県(1871年)の後に行われた政策」だということです!
※「三大改革は廃藩置県の前に行われた。○か×か?」っていう問題が出たりもします。単なる暗記クイズじゃなくて、明治新政府の動きを理解しているかを問う問題で、間違えたくない問題です!

岩倉使節団が海外にいる間に行われた(=留守政府によって実行された)
戊辰戦争で旧幕府に勝利した明治新政府は、正式に今後の日本を引っ張っていく存在になりました。
そんな明治新政府のメンバーは、みんなで思い切って廃藩置県を実行した後に、役割分担をして近代化に向けて努力をします。
- 海外組(岩倉使節団)
- 国内組(留守政府)

海外組
海外組は、岩倉具視を大使とする岩倉使節団です。よく教科書に写真が載っているやつですね。
※大使=海外に派遣していろんな交渉をしたり情報収集をしたりする外交使節団のトップの人

岩倉使節団は欧米の国々に行って、条約改正の予備交渉をしようとしたり、欧米諸国の制度や文化などを見学したりしました。
主なメンバーは、
- 岩倉具視(右大臣)
- 木戸孝允
- 大久保利通
- 伊藤博文
- 山口尚芳
で、他にも留学生や記録係などが一緒についていって、合計100人くらいの使節団になりました。
そんな岩倉使節団は、廃藩置県の後の1871年の年末に出発して、1873年の秋頃に帰国しました。

国内組
もちろん明治新政府のメンバーが全員で外国に行くわけにはいきません。
日本でお留守番をすることになったメンバーもいます。
その主なメンバーは
- 三条実美(太政大臣)
- 西郷隆盛
- 大隈重信
- 板垣退助
- 後藤象二郎
- 副島種臣
- 井上馨
- 江藤新平
などなどです。岩倉使節団が日本に帰国するまで、この人たちが留守政府を預かることになりました。
明治維新の三大改革は留守政府によって行われました(岩倉使節団が海外にいる間に行われました)。

三大改革前後の流れ
じゃあ、なんで廃藩置県の後に岩倉使節団が出発したのでしょうか?(=なぜ三大改革は岩倉使節団が出発した後に行われたのでしょうか?)
これはおそらく、廃藩置県という政策が明治新政府にとって超大仕事だったからです。
廃藩置県は「全ての藩を廃止して、代わりに県を設置し、全国を政府の直轄地とする」政策です。
- 旧大名である知藩事を罷免して、東京に住むことを命じる(←彼らが地方に残っていたら、影響力を及ぼすことができてしまうから?)
- 地方支配は中央政府が派遣する官僚(府知事・県令)に行わせる
※府=東京・大阪・京都

藩をつぶして旧大名の既得権益を否定するわけですから、元藩主(知藩事)の大反発が予想されます。下手したら、内戦が起きる可能性だってあります。
廃藩置県はそれくらい大きな改革でした。だからこそ、明治新政府は軍事力を固めてから実行したし、明治新政府のメンバーみんなで実行した。
で、廃藩置県という大仕事が終わってから役割分担します。いつまでも「みんな」でやっていたら時間が足りません。海外でやらなきゃいけないこともたくさんあります。
そこで、政府は海外組と国内組に分かれて別行動をすることになります。

廃藩置県(1871)
→岩倉使節団が欧米に出発(1871末)
→留守政府が三大改革を実行(1872〜73)
→岩倉使節団が帰国(1873秋)
三大改革の内容
では、ここからは三大改革の具体的な内容についてざっくり説明します!
教育改革(1872 学制)
| 目的 | ①民衆に「国家を支える国民」としての意識づけをする ②民衆の知識レベルを高めて産業を発展させる |
|---|---|
| 内容 | 身分や性別によらず、みんなに等しく学ばせること(国民皆学教育)を目指して、フランスの学校制度をマネして、近代的学校制度を定めた(特に小学校教育に力を入れた) |
| 結果 | 日本の教育水準が上がっていくことになったが、学制反対一揆が起きた |


兵制改革(1873 徴兵令)
| 目的 | 近代的な軍隊をつくる |
|---|---|
| 内容 | ・国民皆兵を原則 ・士族・平民を問わず、満20歳に達した男性から選抜して3年間の兵役に服させる ・3年間兵役に服した後は、一定期間、有事や訓練の時に限って召集する(予備役・後備役) |
| 結果 | 血税一揆が起きた |


税制改革(1873 地租改正条例)
| 目的 | 明治新政府の税金収入を安定させる |
|---|---|
| 内容 | ・土地を検査して、その土地の収穫力に応じて地価を決める ・土地の所有者に「この土地はあなたのもので、この土地の地価は◯円ですよ」って書かれた証明書(地券)を発行する ・地券を持っている人(土地所有者)が税金を納める ・税率は地価の3%で、現金で納める |
| 結果 | ・税金収入が安定し、政府は計画的な予算を組めるようになった ・地租改正反対一揆が起きた ・封建的領有制が解体した |













