なぜ石破・高市内閣と早期解散が続いたのか?自民党の構造的限界をわかりやすく
2026年1月、高市早苗首相は、当初「解散は考えていない」と述べていたにもかかわらず衆議院を解散した。
前首相の石破茂首相は、2024年10月、就任からわずか8日後に衆議院を解散した。
両首相とも、もともとは早期解散に否定的だったはず。それなのになぜ、立て続けに早期解散が行われるのか。
僕はこの理由を、両者ともに
- 強固な支持基盤を持たない状態で成立した内閣で
- 勢力図を書き換えたいという思惑があった
からだと考えている。

効率化のため、文章作成にAIの力を借りています。AI特有の言い回しがあるかと思いますが、僕が伝えたいと思っていることはしっかり込めているつもりです…!
「安倍色」の強い議員構成
まず、石破内閣が成立する前の時点での自民党国会議員団の構成を理解する必要がある。
2017年10月と2021年10月の総選挙は、いずれも安倍晋三首相(2017年)と岸田文雄首相(2021年)の下で実施された。この2回の選挙を通じて、自民党内では旧安倍派を中心とした「安倍色の強い構成」が形成されていた。
状況を一変させたのが、2023年11月に表面化した裏金問題だった。この問題により、自民党、特に旧安倍派の正当性は大きく揺らぐことになる。
石破内閣時の早期解散
2024年10月、安倍派とは距離のある石破茂氏が首相に就任した。自民党の中でかなり「左」寄りの人物が自民党のトップになり、首相になったのである。自民党の中でかなり「右」寄りの旧安倍派からしたら、受け入れ難い結果だっただろう。
このような変化が自民党内で起こるのは、自民党が包括政党だからである。
包括政党とは、保守からリベラル寄りまで幅広いイデオロギーを内包し、派閥が実質的に「党内政党」として機能している政党のことを指す。自民党では、明確な政策理念よりも、派閥間のバランスや調整が重視される。
しかし、石破氏が首相に就任し、自民党内での擬似的な「政権交代」が行われた時、石破氏は党内で強固な支持基盤を持っていない状態にあった。
2024年10月1日に石破氏が首相に就任した時点では、まだこの2021年選挙で選出された議員たちが在職していたからだ。石破首相は「安倍色の強い」国会議員団を前提に政権運営をスタートせざるを得なかったのである。
このジレンマを解決する方法は何か。それが選挙による「勢力図の書き換え」である。首相が党内基盤を固めるには、選挙で自分に不利な勢力を削り、有利な勢力を増やすしかない。
石破氏は就任からわずか8日後に解散を決断した。本人は後に「やりたくなかった」と述べているが、安倍色の強い党内構成を変えるには、選挙しか手段がなかったのだ。
結果として、2024年10月27日の総選挙では、旧安倍派が大量落選した。42人中26人が落選し、衆院議員数が54人から22人へと6割減となった。石破氏にとって、これは党内勢力図を書き換える「成功」だったと言える。
高市内閣時の早期解散
2025年10月、高市早苗氏が首相に就任した。彼女もまた、当初は「解散を考えている暇はない」と述べていた。しかし現在、高市首相は2026年1月19日、衆議院を解散すると宣言した。
なぜか。
理由は石破内閣と同じ構造にある。
高市氏も党内で絶対的な支持基盤を持っているわけではない。2024年の総選挙により、高市氏の支持基盤である旧安倍派は大量落選したからだ。
おそらく、前回の選挙で落選した議員やその友人である現職議員から、「今なら勝てる」という早期解散への圧力がかかったのだろう。高市政権の高い支持率(70%超)は、「これ以上ない復活の機会」と捉えられているのだ。
包括政党である自民党では、首相個人の意向よりも、党内の集合的圧力が勝ってしまう。高市首相も、党内基盤を固めるために、選挙による「勢力図の書き換え」を選択せざるを得ない状況に追い込まれているのだ。
包括政党モデルの限界
包括政党としての自民党には、選挙でしか党内改革ができないという構造的問題がある。
通常の政党であれば、党の理念や規律に基づいて問題議員を処分したり、党内人事を刷新したりできる。しかし自民党では:
- 政策よりも権力闘争が優先される
- 党の刷新ができない(石破氏が裏金議員を排除できなかったように)
- 首相のリーダーシップが発揮できない
- 国民不在の政治(解散の判断が「党内勢力図の書き換え」のために行われる)
という問題が生じている。
欧米の政党は通常、明確なイデオロギーや政策綱領で結束しており、それに反する議員は除名や離党となる。しかし自民党は「自民党に所属すること」自体が目的化しており、政策理念での結束が弱い。
石破・高市両内閣で早期解散が続いているのは、首相個人の資質や判断の問題ではない。包括政党としての自民党のあり方そのものが、構造的な限界に直面していることの表れなのだ。
戦後日本政治を支えてきた「包括政党・自民党」というモデルは、もはや時代に合っていないと言える。
参考文献
中北浩爾(2017). 『自民党―「一強」の実像』. 中央公論新社.
飯尾潤(2007). 『日本の統治構造 官僚内閣制から議院内閣制へ』. 中央公論新社.












