なぜ社会科を学ぶ?
今回は、「そもそも、なんで社会科を勉強しなきゃいけないの?」という疑問について、僕なりの考えを言います!
暗記ばっかりでつまんない…。社会科って将来、何の役に立つの…?
そう思っている人が結構多いんじゃないかなあと思います。学校の社会科の先生が、ひたすら黒板に書いて喋り続ける人だったり、「ここテストに出るから覚えとけよ」って言う人だったりすると、なおさら社会科を勉強する意味がよくわからないなあ・・・って感じなんじゃないかなと思います。
そこで今回は、なぜ社会科を学ぶのか?についての僕の考えを喋ります。教員っぽい観点からのマジメな話と、僕(モチオカ)だけかもしれないパーソナルな観点からの話をする、という二部構成でいきます!
マジメな話(社会科の意義)
社会科は「問題を発見し、解決して、幸せを増やす」ためにあります。
人間は一人では生きられない
人間は一人では生きていけません。
生きていくのに絶対必要な「水」や「食べ物」、そして「安全な場所」。これらをすべて自分一人だけで、ゼロから用意しようとしたらどうなるでしょうか?
毎日、飲み水を探して運び、獲物を追いかけ、畑を耕し、自分の家や服を作る……。 一つひとつの作業を全部自分だけでやっていたら、時間がいくらあっても足りないし、体力も持ちませんよね。
人間はグループを作って生きるようになった
だから人間は、大昔から「みんなで協力して生きていく道」を選んできました。
自分が得意なことをやって、別の誰かが得意なことをやる。そして、お互いに必要なものを交換したり、助け合ったりすることで、生活をより楽に、より安全にしてきました。
こうして生まれた「人と人とのつながり」のことを、私たちは「社会」と呼んでいます。私たちは、この「社会」という仕組みのおかげで、一人で頑張るよりもずっと豊かに暮らせているんです。
社会では問題が起こるのが当たり前
でも、人が集まれば必ず問題が起こります。人がたくさん集まって生活していると、そこには必ず「考え方の違い」や「立場の違い」が生まれます。
たとえば、
- 川の水をどう分けるか?(上流の人と下流の人で意見がぶつかる)
- 自然を守るか、開発するか?(環境を守りたい人と、農地や住宅、商業施設を作りたい人で対立する)
- 税金を何に使うか?(子育て支援か、高齢者福祉か、軍事・防衛か…?)
立場やこれまでの経験が違えば、正しいと思うことも違います。「何が正しいか」「どうすべきか」が人によって違う。そんなことが、社会の中ではたくさんあります。
だから、人が集まって生活をしている社会には、いつも問題があります。
なぜ地理・歴史・公民なのか?
だとしたら、その問題に向き合って、少しでも「よりよい答え」を探していきたいですよね。そのために学ぶのが「社会科」です。
問題には必ず背景があります。
例えば、友達が何かに困っていたとして、その人を助けたいと思ったとき、「その人がどんな暮らしをしていて、どんな家族やまわりの人たちと過ごしているのか」、つまり、どんな状況の中で生きているのかがわからないと、本当に役に立つアドバイスはしにくいですよね。深く理解しないまま、ただ「こうすればいいよ」と言うだけでは、その人に合ったアドバイスにはなりません。
これは社会全体にも当てはまります。社会にある問題を解決するには、現在の状況だけでなく、その背景や成り立ちを知らなければいけません。
そこで、3つの視点が必要になります。
- その地域の自然環境や地理的な条件(地理)
- 昔から積み重ねてきた経験や価値観(歴史)
- 今の社会のルールやしくみ(公民)
こうした背景を知らずに、問題を発見・理解することも、解決することもできません。
だからこそ、社会科では「地理」「歴史」「公民」という3つの分野を学びます。あえて社会科を「地理」「歴史」「公民」という3つの分野に分けている、と言った方が正確ですが。
僕たちはこの3つの分野の学習を通して、
- 幅広い知識を身につけ、
- 知識を関連づけて分析・思考する能力を伸ばし、
- 人間や社会、歴史に対する想像力を養う。
そうすることで、「社会の中で起きている出来事(=社会現象)」を捉える目が養われます。「あ、この対立が起きているのは、あの歴史が背景にあるんだな」とか「このルールを変えれば、もっと良くなるんじゃないか?」というふうに、「どうすればよい方向に向かえるか?どうすれば幸せが増えるか?」を構想できるようになります。
要するに、社会科は「幸せを増やす」ために学ぶものです。
バラバラだった個人が、社会というチームを作って協力し、そこで起きる問題を一つひとつ乗り越えていく。そのための「知恵」を学ぶのが社会科です。
理科との関係
理科や数学との関係を考えると、社会科の役割がもっとハッキリ見えてきます。 僕のイメージでは、「何のために(目的・価値判断)」を担うのが社会科で、「どうやって(手段・実現)」を担うのが理科です。
社会科の役割は、世の中の問題を見つけて「どうすればより良い未来になるか?」という方向性を指し示すことです。「これは問題だよね」とジャッジし、解決の道筋を構想する役割です。
一方で、理科や数学といった自然科学は、「理論上、何が可能か」を突き詰めて、思い描いた未来像を実際に形にするためのツール(技術)です。
たとえば、「核分裂」という現象をイメージしてみてください。
- 核分裂という現象を理解し、その応用方法を発見するのは理科の領域です。
- でも、その莫大なエネルギーを「どう使うか?」平和のために使うのか、武器にするのか、どんなルールで管理するのかを判断するのは、社会科の領域です。
問題を見つけて理想を描くだけでも、技術だけでも足りません。
地球という自然環境の中で、自然を活用し、また自然現象に影響されながら生きている人間の集団が、より幸せに暮らせるようになるためには、社会科と理科の両輪が必要です。
ちなみに、この両輪を動かすためのベースとして、国語や英語、心理学などの「人文科学」があるって感じだと思います。どんなに素晴らしい理想(社会科)があっても、どんなにすごい技術(理科)があっても、それを他者に伝え、共感を得て、人の心を動かさない限り、人間という集団は動きません。
「言葉(論理)」と「心(感情)」。 これが、すべての学問を支える土台のような役割を果たしているんだと僕は思います。
みんなで頑張ろう!
ここまで社会科の意義についてお話ししてきましたが、教員っぽいマジメな話の最後に、最近僕が個人的に思っていることを少しだけ話させてください。
高齢者の方々が「日本はダメだ」とか「日本の未来は暗い、衰退国家だ」なんて言っているのを耳にすると、僕は正直ムカつきます。
もちろん、現状を分析して発破をかけているつもりかもしれません。でも、それって若者のモチベーションを下げたり、「どうせ何をやっても無駄だ」という冷めた見方を増やしたりするだけだと思うんですよね。
若者が不安で言うならともかく、これまで日本社会を作ってきた側の方々がそれを言うのは、非常に無責任だと思います。
確かに課題はたくさんあります。でも、だからこそ僕は、「もうダメだ」と嘆くより「みんなで頑張ろう!」という風潮を作りたいです。
社会科的に言えば、問題があるならそれを見つけ、一つずつ解決して、少しでも「幸せ」を増やしていこうよ!というポジティブな空気です。
「誰かの『困った』を解決するために、価値あるものを頑張って作ろう」とみんなが思える社会。 特定の人だけが良い思いをするのではなく、富を適切に分配し、セーフティネットをしっかり設ける。そして、教育によって一人一人のポテンシャルを伸ばし、誰もが自由に、のびのびと活動できる社会。
僕は、そんな未来像をみんなで共有できる社会にしたい。そのために、社会について学び続けたいし、社会科という領域で活動し続けたいと思っています。
僕だけかもしれないパーソナルな話
はい!ということで、ここまでが「超マジメな話」でした。ちょっと熱く語りすぎちゃいましたねーーー。
そろそろ「もういいよ、熱いよ受け止めきれないよー、学校の先生モードかよー」って感じだと思いますので、ここからは二部構成の後半です。
もっと個人的な、僕(モチオカ)だけかもしれない話。なぜ僕が社会科を学び続けるのか?について、もっと個人的な話をします。
①一番苦手だからこそ、楽しい
教員を目指した理由についてはまたいつか機会があれば喋るとして、教員になるには自分の専門科目を選ぶ必要があります。そこで僕が選んだのが社会科でした。
数ある教科の中でなぜ社会科を選んだのか。矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、理由は、僕は一番、社会科に苦手意識を持っていたからです。
学校の9教科の中で、社会科だけはどうやって勉強すればいいのか最後までわかりませんでした。たとえテストでいい点数が取れたときでも、「社会のことが理解できた!」っていう実感が全然なかったんです。勉強していても「これって何かいいことあるの?意味あるの?」と思えて、イマイチ楽しめない。結局、大人になってもニュースや新聞を見ても内容がわかるようになっていませんでした。
そんな社会科に対して、僕は中学生だった頃も、高校生だった頃も、大学生になってからも、苦手意識を持っていました。正直、大人(おじさん)になった今でも、「全然社会のことわかってないわ・・・」っていう苦手意識があります。
けれど、だからこそ面白いって思いました。
「得意なもの(僕の場合は数学)」をやるよりも、「苦手意識がある=まだ攻略した実感がないもの」を相手にする方が、人生楽しめるんじゃないかと思ったんです。それに社会科には、時間が経つごとに新しい内容がどんどん生まれ続けるという面白さもあります。
こうして僕は社会科の先生を目指しました。
大人になってから勉強し直して、学生時代にはわからなかったことが「あ、そういうことだったのか!」とわかるようになる。この体験が、本当に楽しくて面白いです。僕にとって社会科は、一生かかって攻略していく「超難易度の高いゲーム」みたいなもの・・・って感じかな。
②旅行が楽しくなる
社会科の勉強をして、その地域の歴史、地理、政治、経済なんかを大まかにでも知っておくと、旅行中に「気づけること」が増えます。
もちろん、何も知らなくても、沖縄に行けばあのギラギラした日差しを浴びて、美しいオーシャンブルーを眺めるだけで十分楽しいです。
でも、沖縄の例えば歴史について、ある程度の知識を持っていると、いろんなことに気づいたり考えたりすることができます。
| 沖縄にはモノレールはあるけど、なんで普通の電車や地下鉄はないんだろう? | 長くアメリカに占領されていた関係で、車社会だからかな? それとも、地下にはまだ戦争の時の不発弾が眠っているから掘るのが難しいとか? |
| 沖縄ってリゾート地って感じだけど、太平洋戦争の時に地上戦(沖縄戦)が行われた場所だよね | →沖縄戦に関する観光スポットにも行ってみよう(旧解軍司令部壕、沖縄県平和祈念資料館など) |
| 沖縄ってなんでこんなに豚料理(ラフテー、ミミガー)が多いんだろう? | →あ、琉球王国の時代に中国と深く付き合っていたからか! 中国の人って豚肉が大好きだもんな! |
実際にこういう楽しみ方をするかどうかは別として、社会科の知識があると旅を楽しめる幅が広がるのは間違いないと思います。
旅行をして、今までに見たことがなかったもの、理解できないものに出会う。それについて調べたり考えたりして、「なるほどーこんな世界があるんだ!」っていう驚きが得られる。これが面白い。
あと、教科書や学校の授業で勉強したことを、実際にこの目で見るのも面白い。
例えば、僕はインドに行ったとき、すごく興味深い光景を目にしました。 道端で毛布にくるまって寝ている人がたくさんいるのに、周りの人は誰もそれを気にしていないんです。日本だと、そういう人を見かけたら、つい視線を逸らすっていう意識的な行動をする人が多いと思います。ですが、インド人は全然気にかけてすらない・・・って感じでした。
ちょっと不謹慎な言い方ですが、そのことがすごく面白いと思いました。これが地理の授業で勉強したインドの格差かあ…!って。格差なんて彼らにとって当たり前なんだ、って。これがヒンドゥー教なのか…?って。
そこから、「なるほど、だからヒンドゥー教はインド以外ではなかなか広まらなかったんだな。格差があるのが当然っていう価値観は、他の国の人にはなかなか受け入れがたいよな」 「だからこそ、『欲に囚われるのはやめよう』とか『カーストなんて関係ない』と説く仏教が、このインドの地で生まれたんだ!」というふうに、バラバラだった知識が、目の前の景色をきっかけに次々とつながっていく感じがしました。
インドでは、チャイを飲んだ陶器の器をすぐに捨てる人が多いそうです。陶器の器なのに使い捨てなんです。すごいですよね。もったいないですよね。でもこの背景には、低いカーストの人が使ったかもしれない器を使いたくない、っていう事情があるらしいです。本当かはわかりませんが、実際にインドの様子を見た後だと、説得力のある説明だなあと思います。
学生の頃は勉強していても全然実感がありませんでした。でも、あのとき勉強しておいたおかげで、旅がより楽しくなっている。勉強してよかったーって思いました。
僕は、これから行く旅行をもっともっと楽しめるようになりたい。そのために、今でも社会科を勉強しているんだと思います。
③お金がほとんどかからないのに、むっちゃ面白い
社会科の勉強をすると、お金をかけずにいろいろと楽しめるようになります。
さっきの旅行の話で言えば、誰かに「楽しさ」を提供してもらおうとすると、どうしてもお金がかかりますよね。バナナボートの体験、シュノーケリングのプログラム。
もちろん僕もそういうのは大好きだし、申し込むこともあります。でも、プロにエンタメを提供してもらうのにはそれなりのコストが必要です。
一方で、自分で楽しめる・面白がれるようになると、お金が全然かかりません。旅先で見かける何気ない景色に対して、「これってどういうことだろう?」と調べたり考えたりするのには、1円もかからないんです。せいぜい本を買うくらいですが、それも旅先のレジャープログラムに比べれば安い。
特に博物館は最高で、社会科の勉強をすると博物館がすごく楽しいと思えるようになります。
小学生の頃、中学生の頃に、学校の社会科見学で博物館(地元の郷土博物館みたいなところとか)に連行された時は、むっちゃつまんねーーーーーーって思っていましたが、社会科の勉強をすればするほど、博物館が楽しくなるんですよね!こんな安い入館料で、こんなに学べて、こんな面白いもの見れて、いいんですの!?って感じ。
これは日常でも同じです。ニュースを見たり、YouTubeを見たり、スーパーに行ったり、そんな中で疑問に思うことがあったときに、考えたり調べたりして、自分なりの理解を深めることを楽しむことにはお金がかかりません。
だから僕って、旅行以外には全然お金を使いません。旅先でも、「誰かに楽しませてもらう」体験にはあまりお金を使いません。旅行に行きまくっているけれど、コスパのいい旅の仕方をしていると思います。まあそれが僕の経験の幅を狭めているような気もするので、旅行中にもっとエンタメにお金を使った方がいいよなーとも思ってはいますが・・・。
いずれにせよ、好奇心を持って、社会について自分で楽しめるようになると、お金が本当にかからなくなります。社会科は一生楽しめる、お得で最高の娯楽って感じ。
要するに、楽しいし面白いから、僕は社会科を学び続けています!!

