【日本史】地頭請所と下地中分とは?鎌倉時代の土地トラブルをわかりやすく

鎌倉時代の武士たちは、結構トラブルを起こしたりもしました。
土地のトラブルです。
この点について解説します。
鎌倉時代の土地紛争
土地は富を生み出す富の基盤なので、土地をめぐってトラブルが起きます。
武士(地頭)が土地を管理している
土地の管理者(地頭)に任命されている武士は、
- その土地にいる農民から税(年貢)を集めて、
- その土地の所有者(荘園領主など)に年貢を納めていました。


約束通りに年貢を納めない武士がいる
が、この武士の中には、年貢を約束通りに土地の所有者に納めなかったり、その土地の中で好き勝手やったりする人がいた。
(地頭は幕府が任命するので、地頭に任命された武士からしたら「土地の所有者ってダレ?別に仲良くないし、適当でいいか」ってことになり得る。あと、幕府が力を持てば持つほど、「俺は幕府に任命された土地の管理者なんだぜ」ってイキって調子に乗る人もいる)
そうすると、土地の所有者からすると「ふざけんなよ」ってことになりますよね。約束と違うだろ、と。
土地の所有者は幕府に訴える
土地の所有者は、幕府に「あんたが任命した地頭が、ちゃんと仕事をしないんですけど」って訴えることになります。
鎌倉時代になると、こんな感じの土地のトラブルがものすごく増えました。

土地紛争の解決方法
問注所が訴訟事務を扱う
鎌倉幕府は問注所っていう裁判を行う役所を作りました。また、裁判制度を充実させる政策を必死に行いました。
当事者同士で解決する
ただ、地頭の行動に呆れた土地の所有者は、地頭と話し合って自分たちで解決したりもしました。
解決の方法は2つです。
地頭請所(じとう うけしょ)
1つ目が、その土地の管理を完全に地頭に任せて、毎年一定額を納めさせる方法。(地頭請所)
下地中分(したじ ちゅうぶん)
2つ目が、土地の一部を地頭にあげちゃって、お互いの支配権を認め合う方法。(下地中分)

最大のポイント
ポイントは、地頭の「現地を支配する力」が強まったということです。
土地の管理を完全に地頭に任せるにせよ(地頭請所)、土地の一部を地頭に譲るにせよ(下地中分)、地頭の権力がアップしています。
武士の力がますます大きくなっていったのです。














