東北地方の歴史をわかりやすく:東北が日本を支えた
東北地方は昔も今も「中央」に従属させられた辺境であり、「中央」を支える存在であった。
東北こそが日本の国家としての形を作り、近代化を裏から支え続けてきたのだ。
古代
東北地方は特殊な地域
本州の北端に位置する東北地方は、当時の「日本の中心」(=畿内)からは遠く、気候が冷涼である。
ゆえに、東北地方では西日本よりも稲作が定着するのが遅かった。弥生時代後期頃に稲作が伝わってからも、特に北東北(岩手県北部、青森県)は、当時の気候条件や技術では西日本と同じように大規模かつ安定した稲作を行うのが難しかった。
東北地方の人々は、日本列島で稲作が定着し始めてからも縄文時代のような狩猟・採集・漁労を行い、小さなグループで生活をしていた。また、見た目も結構違っていたようで、長いヒゲを伸ばしていたり、毛深かったりしたらしい。
東北地方は「日本の中心」である西日本とは環境が大きく異なり、社会のあり方や文化も違っていた。古墳時代においても、ヤマト王権の強い影響力が及ばない地域だった。
東北は「日本」の辺境であり、特殊な地域だったのである。
特殊だからこそ、東北が必要だった
古代の律令国家にとって、東北は「日本を立派な国家にする」ために不可欠な存在だった。
- 帝国の物語に不可欠:唐(中国)にならい「帝国」を名乗るためには、支配に従わない勢力(蝦夷)を征服する物語が必要だった。
- 富の源泉として不可欠:金(→東大寺の大仏にも使われた)や馬(→軍事力)、北方の貴重な資源を入手し、中央の権力基盤を支える上で、東北地方は不可欠な地域だった。

中世
中世になると、「日本」の辺境であり、特殊な地域として利用された東北地方で、中央政権から一定の自立性を保った地域国家を築こうとする試みが見られた。
東北も、強力な地域として君臨した時期があったのである。
奥州藤原氏
奥州藤原氏は、稲作経済と黄金という独自の基盤を手に入れ、中央の支配が及ばない辺境の地で、独自の平和と仏教の理想を追求した。
- 奥羽の穀倉地帯(特に胆沢・江刺など)
- 豊富な砂金の産出地である陸奥国
黄金は、都への貢納や豪華な寺院(中尊寺金色堂など)の建設に使われ、彼らの権威を内外に示した。
また、奥州藤原氏は中央の支配下に入らなかった北方の蝦夷勢力とも独自の関係を築き、支配体制に組み込むことで、東北地方全体を統合する力を持った。
この時代の東北は、日本史のなかでも特異な「地域国家」の成功例だったと言える。
※源頼朝が全国に先駆けて平泉の奥州藤原氏を征伐したことは、単なる私的な復讐ではなく、奥州の莫大な富を軍事政権(鎌倉幕府)の財源として確保するという意図があった。

近世
近世の江戸幕府による統治下でも、東北地方は外様大名が多く、中央の関心が薄い地域と見なされる側面があった。
近代
明治新政府が誕生し、古代日本のように中央集権国家を形成しようという試みの中で、東北地方は再び日本という国家を支える存在となった。
新政府に抵抗(奥羽越列藩同盟)
東北は戊辰戦争で奥羽越列藩同盟を結成して新政府軍に抵抗した。
新政府軍(薩摩・長州中心)に対する強い不信感と「差別される」という恐怖あったからだろう。

しかし敗北した。東北の歴史上稀に見る大規模な連帯だったが、最終的に短期間で崩壊した。
その背景として、同盟は日本海側(越後・出羽)と太平洋側(奥州)にまたがり、交通や情報伝達が困難だったこともあるだろう。
※戊辰戦争における奥羽越列藩同盟の敗北は、東北地方の歴史のなかで、古代の蝦夷征討にも似た「中央による辺境の制圧」という構造を再び浮き彫りにした出来事だった。
戊辰戦争後、東北諸藩には新政府から非常に厳しい処分が下された。
北海道開拓への「通路」
東北地方は北海道への通路としての役割を担った。
- 東北地方は、農業用地としての魅力が薄かった。一方、北海道は可能性に満ちた地域だった。
- 東北地方に鉄道をいち早く整備した。
日本を支えた
東北地方は東京を中心とする中央集権国家「日本」を支える役割を担った。
食糧、労働力、電力の供給地
満州移民の供給地
なぜ東北地方から多くの満州移民が送り出されたのか?
- 中央から離れ、農業以外の経済基盤への投資が弱い
- 限られた農地をめぐる次三男問題が顕在化しやすかった
軍事力の供給地
戦時中を含め、明治時代以降の日本において徴兵された兵士の割合は、東北地方出身者が比較的高い傾向にあった。
- 徴兵令の初期段階では、裕福な層が代人料を払って兵役を免除される制度があった。
- しかし、東北地方は近代化が遅れ、農村部に貧しい人々が多かったため、このような免除制度を利用できる者が少なかった。
- 貧しい農家では、徴兵により一時金や手当を得ることができ、家計を支える一つの手段となることもあった。
戦後
敗戦後も、東北地方は東京を中心とする中央集権国家「日本」を支える役割を担った。
大都市を支えた
労働力の供給地
高度経済成長期の都市部での製造業単純労働力需要に応えた。(集団就職)
食料の供給地
東北地方の農業は、日本の食料供給において極めて重要な地位を占めている。米以外にも、東北は多様な農産物の供給基地となっている。
電力の供給地
東北地方で発電された電力は、主に東京電力管内(関東地方)をはじめとする他の地域にも送られている。
※福島第一原発は関東地方など他の地域への電力供給を支えていた。
また、東北地方は日本の洋上風力発電を主導する重要な地域の一つである。
未来
このように、東北地方は昔も今も「中央」に従属させられた辺境であり、「中央」を支える存在であった。その結果が現在の東北地方である。
少子高齢化が進む中で、東北地方はますます苦しい状況に陥るだろう。
今後はどうしたらいいのか?
自ら、新たな価値を創造するしかない。これは東北地方に限らない話だけれども。
東北大学はものすごく優秀な人材が集まっている大学なので、この東北大学を核に、新たな価値を創造するとか。。。
参考文献
『蝦夷の地と古代国家』p.48









