なぜシンガポールの治安は世界トップクラスに良いのか?

シンガポールは、治安が良い国として有名です。その理由として、よく「厳しい法律や罰則」が挙げられます。
- ガムの国内持ち込み禁止
- 薬物密輸に対する死刑の適用
- ポイ捨てや喫煙場所違反に対する高額な罰金
- 電車内での飲食禁止
もちろん、こうした罰則の厳しさが犯罪の抑止力になっているのは事実だとは思います。(ファイン・シティと揶揄されるほど)

しかし、シンガポール社会について勉強してみて、治安の良さを支えている本質的な理由は罰則の厳しさではないと思うようになりました。
今回はこのことについて話したいと思います。
①中立な言語政策
1つ目が、民族同士が対立しないようにしている、ということです。
英語を公用語に
シンガポールは多民族国家です。だいたい中華系が75%、マレー系が15%、インド系が10%という民族構成。
一般的に、多民族国家では「どの言語を国の公用語にするか」をめぐって激しい対立が起こります。
もし多数派の中華系に合わせて中国語(北京語)を第一の公用語にしてしまえば、マレー系やインド系住民は就職や行政手続きで不利な立場に追いやられ、不満を抱き、深刻な民族分断が生じていかもしれません。
しかしシンガポールは、「すべての民族に対して中立な言語」として、英語を共通の公用語(行政・ビジネス・教育の言語)に採用しました。

参考:インドネシアとインドの事例
ちなみに、インドネシアもこのあたりが上手で、「インドネシア語」というものを独立の際に新たに作りました。
- インドネシアはたくさんの島からなる国。
- それぞれの島にいろんな民族・部族が住んでいて、それぞれ違う言語を使っていた。
- その中で最も人口が多いのがジャワ島。そのジャワ島で話されている言語(ジャワ語)を公用語にするという選択もあったはず。
- ジャワ語を公用語にするとジャワ島に住んでいる人たちが有利になる。上下関係を生み、民族同士の対立を招きかねない。
- そこで、交易共通語だったマレー語をベースに、誰でも学びやすい人工的な「インドネシア語」を国語として制定した。
これによって、インドネシアは民族同士が対立しないようにしようとしたわけです。まあ、結局対立は起きているんですけど。

一方で、インドの選択はいまいちでした。
- インド北部で話者の多いヒンディー語を連邦公用語とした。(英語と併用)
- その結果、ヒンディー語圏ではない地域(南部のタミル語圏など)との間で言語対立や格差問題が長年続いている。

シンガポールの言語政策
その国で何語を公用語にするか?というのは、すごく重要です。
日本でもそうですよね。日本では日本語が公用語ですが、アイヌ語を公用語にするという選択だってありえたはずです。もっと言うと、アイヌの人たちも含めて中立な新しい言葉を開発して、それを公用語にする、ということもできたはずなんです。
でも、日本列島で主に話されている日本語が公用語になった。そうすると、アイヌの人たちは不利な立場に追いやられますよね。

このように、公用語を何にするか?はすごく重要な選択。
シンガポールは、すべての民族にとって中立な言語として、英語を選択しました。また、英語だけでなく「二言語政策」というものも取っていて、中華系なら中国語、マレー系ならマレー語、インド系ならタミル語をそれぞれ母語として習得する、という政策も取っています。
言語的な政策によって民族対立を未然に防いでいる、というのが、シンガポールの治安の良さを支えている重要な要素でしょう。
②持ち家政策
2つ目が、公共住宅政策です。
治安が悪化する要因として大きいのは、貧困と住環境の悪化(スラム化)です。生活基盤が不安定で、食べるものや住む場所に困ると、人は生きるために犯罪に手を染めざるを得なくなります。
シンガポール政府は独立後、住宅開発庁(HDB)を設立し、安価で質のいい公営住宅を大量に建設しました。そして給料を強制的に貯蓄させる制度(中央積立基金)を作って、国民に自分の家を買い取らせる「持ち家政策」を強力に推進しました。
現在、シンガポール国民の約8割がこのHDB(公営住宅)に住んでいるとのこと。持ち家比率は世界トップクラスの9割近くに達しているとのこと。
「帰る家があり、生活基盤が保証されている」という絶対的な安心感が、治安の良さにつながっているのは間違いないと思います。

③民族宥和政策
3つ目が、特定の民族が特定の場所に集中しないようにしている、ということです。
民族別居住割当制度(EIP: Ethnic Integration Policy)
シンガポールでは、公営住宅(HDB)を購入・入居する際、住民が好きな部屋や地域を完全に自由に選ぶことはできません。
- 各団地(タウン)や各棟(ブロック)ごとに、中華系・マレー系・インド系の入居比率の上限枠(クォータ)が定められている。
- 特定の民族が上限に達している棟では、その民族は新たに部屋を購入できない。
もし居住地を完全に自由にしてしまうと、中華系ばかりが集まる地域、マレー系ばかりが集まる地域といったように、民族ごとに居住エリアが分かれてしまいかねません。
特定の民族が集まると、警戒感や偏見が生まれて、些細なトラブルから暴動や地域間の治安悪化に発展しやすくなります。

日本でもありますよね。埼玉県川口市にクルド系の人たちがたくさん集まっていて摩擦が起きたりとか、東京の西葛西にはインド系の人たちが集まっている、とか。

特定の民族が集まる地域が形成されると、もともとそこに住んでいた人が不安に感じたり、右翼的な人がそれを必要以上に煽ったりして、社会的な分断が生じたりするわけです。
シンガポールはそれを防ごうとしました。
国家主導で各棟・各フロアの民族構成をモザイク状に強制的に混ざり合わせることで、「隣人が他民族であること」を日常化させて、排外的なコミュニティの形成を根本から封じ込めました。
これがシンガポールの治安の良さにつながっているのだと思います。
まとめ
以上、シンガポールの治安の良さを支えている3つの工夫を紹介しました。
- 中立な言語政策
- 持ち家政策
- 住宅における民族比率のコントロール
厳しい罰則だけでなく、「そもそも人間が対立したり犯罪に走ったりする要因を、制度設計によって先回りで消しておく」という国家運営が、シンガポールの治安の高さを支えています。
参考文献
岩崎育夫(2013). 『物語 シンガポールの歴史』. 中公新書.















