中部地方

静岡の地理まとめ

モチオカ(望岡 慶)

静岡の地理について、学んだことをまとめました。

モチオカ
モチオカ
社会科ブロガー
Profile
千葉の公立中・公立高から、1年間の浪人を経て東大へ(文3→教育学部→大学院教育学研究科)。公立中学校の教員になった後、数年で退職。現在はブロガーとして生計を立てて8年目。★学生時代から教員時代にかけて、ずっと引っかかっていたのは、学校で学ぶ社会科と現実の社会とのギャップ。教科書を理解しても、ニュースを理解できない。このギャップを埋めたくて、今も社会の勉強を継続中。★目標は「世界一の社会科教員」——教えるのがうまい人ではなく、「この人といると自分も学びたくなる」そう思ってもらえる存在——になること。
プロフィールを読む

東部

全体像

自然環境

伊豆半島と富士山麓の2つのエリアに分けられる。

  • 伊豆半島はフィリピン海プレートに乗っている。かつて南方の海にあった海底火山の集まり。
  • 富士山麓周辺は、本州(ユーラシアプレートや北米プレート)の大陸プレート側に位置している。世界有数の活火山である富士山は、3つのプレートが集まっている場所だからこそ形成された形成された。
日本列島はなぜ山だらけ? 4つのプレートが生んだ日本の地形の特徴
日本列島はなぜ山だらけ? 4つのプレートが生んだ日本の地形の特徴

人間の工夫(産業など)

富士山麓の富士市、御殿場市、沼津市、三島市あたりは富士山が蓄えた水(伏流水、湧水)を利用できる場所なので、水が大きく関係する産業が発展した。

  • 富士市は製紙工業が盛ん。
  • 三島市は畑作が盛ん。標高が高く冷涼な気候で、火山の噴火がもたらした水はけの良い土(火山灰性の黒土)が分布するため、稲作よりも畑作の方が向いている。(→箱根西麓三島野菜、みしまコロッケ)
  • 沼津市は漁業が盛ん。駿河湾はプレート境界の溝(トラフ)があって水深が深いため、沼津港では深海魚が日常的に水揚げされる。(→沼津港深海水族館

伊豆半島は観光業が地域経済の柱。

  • 東海岸の熱海・伊東エリアは温泉街。
  • 中部の修善寺(伊豆市)エリアも温泉街。伊豆市はワサビ生産も盛ん。天城山が蓄えたキレイな水を利用できるため。狩野川が天城山から北上し、沼津付近で駿河湾に流れ込んでいる。
  • 南部の下田エリアはビーチリゾート。漁業も盛ん(金目鯛が有名)。

それぞれの地域

三島

湧水地。(←富士山が吸収した伏流水が表面に出てくる場所)

畑作が盛ん。標高が高く冷涼な気候で、火山の噴火がもたらした水はけの良い土(火山灰性の黒土)が分布するため、稲作よりも畑作の方が向いている。(→箱根西麓三島野菜、みしまコロッケ)

源頼朝が源氏再興の旗揚げをした三島大社の門前町。

陸の交通の要衝。

  • 東海道の宿場町だった
  • 1889年(明治22年)の東海道本線開業により、三島は一時的に衰退した(←険しい箱根山を避けるため、現在の御殿場線ルート:国府津〜御殿場〜沼津が採用されたから)
  • 箱根の山を貫く丹那トンネルが開通し、東海道本線は勾配の少ない現在の海沿いルート(熱海〜三島〜沼津)へ変更された
  • トンネルの開通に伴い、現在の位置に新しい三島駅が開業。これにより、三島は再び東海道線の主要ルート上に組み込まれ、交通の要衝としての活気を取り戻した

東京のベッドタウン的場所になりつつあり、移住者が増加中。

下田

不便だけど、不便すぎはしない場所だからこそ、幕末に開港地になった。

  • 江戸から遠すぎず、近すぎずな場所。
  • 江戸時代に船改番所が置かれていた(→1721 浦賀に移転)
  • ※船改番所(ふねあらためばんしょ)とは、江戸時代に主要な港湾や河川の要所に設けられ、出入りする船の積み荷や乗組員の検査、および税金の徴収などを行った役所のこと。
  • 天城山があるため、陸路で東海道に抜けにくい僻地

牛乳発祥の地。

  • 幕末当時は日本に牛乳を飲む習慣はなかったが、アメリカ総領事として下田に滞在していたハリスが牛乳の提供を求めた
【日本史】日米和親条約をわかりやすく:「鎖国」と「開国」の違いとは
【日本史】日米和親条約をわかりやすく:「鎖国」と「開国」の違いとは

ビーチリゾート。東京から特急踊り子で乗り換えなしで来ることができる。

漁業も盛ん。(金目鯛が有名)

中部

いつか書く

西部

いつか書く

参考文献

静岡おすすめ本を紹介【旅行ガイドブック、歴史、社会】

運営者
モチオカ
モチオカ
社会科ブロガー
千葉の公立中・公立高から、1年間の浪人を経て東大へ(文3→教育学部→大学院教育学研究科)。公立中学校の教員になった後、数年で退職。現在はブロガーとして生計を立てて8年目。★学生時代から教員時代にかけて、ずっと引っかかっていたのは、学校で学ぶ社会科と現実の社会とのギャップ。教科書を理解しても、ニュースを理解できない。このギャップを埋めたくて、今も社会の勉強を継続中。★目標は「世界一の社会科教員」——教えるのがうまい人ではなく、「この人といると自分も学びたくなる」そう思ってもらえる存在——になること。
記事URLをコピーしました