なぜ円安を止められないのか?シンガポール・香港との違い
日本円の強さの変化のグラフを見ると、右肩下がりになっていて、円がどんどん弱まっているということがわかります。
他の国の通貨はどうなのか。
日本円のグラフに、たとえばシンガポールドル、アメリカドル、香港ドルの強さの変化の推移を重ねてみると、日本円だけが特に弱くなり続けているということがわかります。
シンガポールドルもアメリカドルも香港ドルも、何十年にもわたってほとんど同じ強さを維持しています。
※ちなみにこの「実質実効為替レート」というのは通貨の実力を表す指標で、世界全体を相手にした総合的な強さを、インフレの違いも考慮して示したものです。難しいことはさておき、要は「通貨の強さ」を表す指標だと思ってください。
今回は、アメリカドルはちょっと置いておいて、シンガポールドルと香港ドルの為替レートが日本円と違ってなぜ安定しているのか、ということについて説明したいと思います。
そもそも為替レートはどうやって決まるのか
そもそも為替レートは、基本的に、通貨の「買いたい(需要)」と「売りたい(供給)」のバランスで決まります。
金利
その需要を左右する大きな要素が「金利」です。金利が高い通貨ほど銀行に預けた際の利子が多くなるため、みんなが欲しがって需要が高まります。
もしアメリカドルより日本円のほうが金利が高ければ、みんな円を欲しがるので円の需要が増えて、円高になるという仕組みです。
実需
もう一つ、需要を支える重要な要素が「外貨を稼ぐ力」です。
日本の企業が海外で商売をして、アメリカドルを手に入れる。でも、そのままでは日本で使えないので、ドルを売って日本円に両替します。この「ドルを売って円を買う」というビジネスに伴う動きが、日本円の需要を支えて、円高をもたらす力になります。
こうしたビジネスに伴って行われる「通貨の交換」は、専門的には「実需」と呼ばれていて、その通貨本来の強さを裏打ちする、とても大切な土台です。
※ただ、今の為替市場でやり取りされているお金のうち、貿易などのビジネスに伴う「実需」の割合は、実は数パーセントくらいしかないと言われています。
日本円が弱くなっている理由
現在の日本円が弱くなり続けているのは、金利も低いし、実需も弱いので、円を「買いたい」という需要よりも、円を手放して「売りたい」という供給の力が圧倒的に勝ってしまっているからです。
香港とシンガポールの通貨が弱くならない理由
では香港ドルとシンガポールドルはなぜ強さを維持しているのか?
これは、香港もシンガポールも、通貨の価値を維持するための政策をとっているからです。
日本の場合は為替の動き(=日本円の強さの動き)を基本的に市場の自然な成り行きに任せていますが、香港やシンガポールは違います。
ただし、その具体的な仕組みやアプローチは両者で大きく異なります。
香港の「ペッグ制」
香港は、アメリカドルの価値に自国通貨をピタッと連動させる「ペッグ制(カレンシー・ボード制)」という仕組みを使っています。
香港の金融当局(HKMA)は、1アメリカドルが7.75〜7.85香港ドルの間に収まるようにしています。
- もし香港ドルが売られすぎて「7.85」という下限のラインまで行ってしまったら、HKMAは市場に対して「1米ドル=7.85香港ドルで、あなたが売りたい香港ドルを、私が持っている米ドルと無制限に交換します」と宣言し、実際に買い取ります。
- 逆に、香港ドルが買われすぎて「7.75」の上限まで来たら、HKMAは「1米ドル=7.75香港ドルで、あなたが持っている米ドルを買い取り、代わりに私が香港ドルを発行して渡します」と介入します。
シンガポールの「通貨バスケット制」
一方で、シンガポールの場合は、特定のどこか一つの通貨に固定するわけではなく、主要な貿易相手国の通貨をいくつか組み合わせた「通貨バスケット」という仕組みを使っています。
シンガポール通貨庁(MAS)は、アメリカドル、ユーロ、日本円、中国元などの主要取引国の通貨にそれぞれ重みづけをし、実効為替レートの目標となる変動幅(バンド)を決めています。
- もしレートがその上限や下限のラインに近づきそうになったら、MASが直接マーケットに出ていって介入を行います。
これにより、特定の単一通貨が暴落しても、シンガポールドル自体が世界平均の価値からずれるのを防ぎ、安定を保つことができます。
- シンガポールは特殊
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普通、日本銀行やアメリカのFRBのような中央銀行は、金利を動かすことでインフレや景気のコントロールをしようとします。
が、貿易依存度が極めて高く(GDPに占める貿易額が非常に大きく)、人口の少ない小国であるシンガポールは、金利よりも「為替レートそのもの」を調整した方が、物価や景気の安定につながります。だからシンガポールは、金利ではなく為替レートを金融政策の手段として使っています。
例えばインフレを抑えたい時は、シンガポールドルの目標バンドを引き上げてあえて「通貨高」に誘導し、輸入してくるものの値段を直接下げるという調整を行っています。
なぜこの仕組みを維持できるのか
なぜ香港やシンガポールにはこのような強力なシステムを維持できるのでしょうか。
理由はシンプルで、「自国通貨を買い支えるための原資(米ドルなどの外貨準備)が大量にあるから」です。
香港
香港で紙幣を発行する銀行は、刷る前に必ずその分のアメリカドルをHKMAに預けるルールになっています。香港ドルは、アメリカドルの引換券のようなものになっている。
つまり、香港は市場に出回っている「すべての香港ドル」を丸ごと買い取ってお釣りが来るくらいの、とてつもない額の外貨準備を持っています。
- 実際には
-
実際には、ドルの裏付けがあるのはお札の分だけですが。銀行預金まで含めた香港ドル全体で見ると、香港が持っているドルは4割ほどしかありません。
それでも制度が崩れないのは、みんなが一斉に換金しようとすると香港ドルが品薄になり、香港ドルを借りる金利が跳ね上がって、「やっぱりやめよう」となるからです。
シンガポール
シンガポールの場合は、アメリカドルだけでなく複数の通貨を組み合わせた外貨準備を、これまた世界トップクラスの規模で保有しています。
日本も香港やシンガポールの真似をすればいい?
「日本も香港やシンガポールのように強制的に為替をコントロールすれば、円安を止められるのではないか」と思うかもしれません。
しかし、日本がこれを真似するのは簡単ではありません。大きな壁が2つ存在します。
独自の金利政策を失う
為替を固定したりコントロールしたりするということは、自国の景気に合わせた独自の金利政策(=景気に合わせて金利を上げ下げする自由)を放棄することを意味します。
香港の場合、政策金利の決定権を実質的に放棄していて、アメリカが利上げをすれば、たとえ香港の景気がどん底でも自動的にそれを追わなければいけない構造になっています。
シンガポールはそもそも、中央銀行にあたるMASが「政策金利」というもの自体を設定していません。世界でも類を見ない独自のやり方ですが、これは貿易依存度が非常に高い小国であるという、極めて特殊な環境だからこそ成立する手法です。
外貨の不足
為替を固定したりコントロールしたりすることができるのは、「常に外貨を稼ぎ、莫大な額を貯め続けられる力」がある国だけです。
実際、香港とシンガポールは、貿易・金融のハブとして、この「外貨を稼ぐ力」がずば抜けて高い地域・国です。
※アメリカドルに固定するペッグ制の失敗例:1997 アジア通貨危機
まとめ
自国の通貨価値を一定に保つというのは、とんでもなく難しいことです。歴史を振り返っても、世界中の国々は「為替をどう決定し、どう安定させるか」に頭を悩ませ続けてきました。
結局、誰にとっても正解と言えるような「絶対的な解決策」なんて存在しません。
じゃあ、「世界共通の通貨を作っちゃえば解決するんじゃないの?」と思うかもしれませんが、そう単純な話でもありません。
それをやってしまうと、さっきの香港の話のように、自分の国の景気に合わせた独自の金融政策が全く打てなくなってしまおます。その代表的な失敗例が、ユーロ圏のギリシャだったりします。
世界中の全員がハッピーになれる完璧なシステムは、この世には存在しない。本当に難しいです。と同時に、面白いとも思います。







