授業づくり

「考える」とはどういうこと?生徒に「考え方」を教えるために

モチオカ(望岡 慶)

教員は生徒によく「考えましょう」と言う。生徒が自分なりに考えたつもりでも、「もっとちゃんと考えて」とか言いがち。

しかし、「考える」とはどういうことなのだろうか?何をしたら考えたと言えるのだろうか?

考え方を教えないまま、生徒に「考えよう」と言うのは不親切すぎる。教員が「考える」とはどういうことかについての答えを持たないまま言っていたらなおさら。

ということで、「考える」について、僕はこう思うよ!ってのをまとめました。

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「考える」=「分析」+「価値判断」

僕が思うに、「考える」は2つの工程によって成り立つ。

工程①:分析(物事をいろんな位置に置いてみる)

「考える」工程の1つ目は「分析」。物事の構造を把握する。体系を理解する。

何か現象を目にしたとき、それを一方向だけから見て「そういうものか」と終わらせるのは思考停止。

そうではなく、その現象をいろんな位置に置いてみる。

上下に動かす(具体と抽象を探す)「この現象の具体例は何だろう?」「この現象をもっと抽象的に言うとどうなるだろう?」と問う。
左右に動かす(類似・対比・グループ化を探す)「この現象に似た例は何だろう?」「この現象と逆のことは?」「この現象はどんなグループに属するだろう?」と問う。
前後に動かす(原因と結果、目的と手段を探す)「この現象はなぜ起きたのか?」「この現象が原因となって、次に何が起きるか?」と問う。さらに「これは何のための手段なのか?」「この目的を達成するには何が必要か?」とも問う。

このように物事をいろんな位置に置いてみることで、物事を構成するさまざまな要素や関係性が見えてくる。これが分析。

しかし、これではまだ「考えた」とは言えない。分析しただけ。

工程②:価値判断(重みをつける)

「考える」工程の2つ目は「価値判断」。自分なりの重みづけをする。

見えてきた要素の中で、何が最も重要か。何が一番大きな影響力を持っているか(=最も貢献度合いが大きいものはどれか)。それを自分なりに判断する。「自分はこれが一番大事だと思う。なぜなら・・・」といったように。

なんのために「考える」のか?

では、そもそも何のために考えるのか。

物事の解像度を上げるためだ。

いろんな位置から、いろんな角度から物事を捉え、構造を把握し、体系を理解する。その上で、要素の重みづけをする。こうすることで、「なるほどこういうことか」と芯を食った理解ができる。

すると、次に何をしたらいいか?このままでいいのか?が見えてくる。考えると次の道が見えてくる。

生徒に「考え方」を教えるには?

・・・と、ここまでの話はあまりにも抽象的すぎて、

「まあ言いたいことはわからんでもないけど、、、これを中学生に伝えたところで、ほとんどの人はわかってはくれないよねえ・・・」って感じだと思う。

ということでここからは、具体的にどうやって「考え方」を教えるのか?について、思いついた方法・アイディアを列挙する!

(以下、考え中)

参考文献

苅谷剛彦(2002). 『知的複眼思考法』. 講談社.

外山滋比古(1986). 『思考の整理学』. 筑摩書房.

ちきりん(2011). 『自分の頭で考えよう』. ダイヤモンド社.

ベテランち(2021). 『真・勉強のコツ その① 広さ・深さ・速さ・高さ』. YouTube.

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