【日本史】源頼朝の死後、鎌倉幕府はどう変化した?執権政治と承久の乱をわかりやすく
モチオカ(望岡 慶)
モチオカの社会科ノート

鎌倉時代の武士は、自分が管理している土地に館を作って、武芸を磨きながら生活していました。
そんな武士たちが、どのように集団行動していたのか?について説明します。
武士は、将軍と主従関係を結んだ御家人を中心に、血の繋がった人たち(家族)でまとまって行動をしていました。
家族の代表者が御家人になって(将軍と主従関係を結んで)、御家人が代表して御恩を受けて、奉公する時は家族みんなでやる、っていう感じです。
このような仕組みのことを惣領制って言います。
将軍が一人一人の武士と主従関係を結んでいたわけではない、ということです。

将軍と主従関係を結んでいるのは御家人なので、御家人がまとめて御恩をもらうってことになります。
ところが、御恩として与えられる土地(の管理権)は一箇所にまとまっているわけじゃなくて、いろんな地域に分散して存在しています。
これらの土地を子供達が相続します。
だから、血の繋がった家族は各地に分散することになるわけです。

各地に分かれて住んでいても、いざ奉公をする場面が訪れた際は血の繋がった集団でまとまって行動をすることになります。
例えば鎌倉で反乱が起きてその戦いに参加する際は、各地から鎌倉に集結します。これが「いざ鎌倉!」です。